2ペンスの希望

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紙幣三題(零円札・偽造法幣・贋札)

もう大昔のことだが、赤瀬川原平さんの零円札を購入したことがある。たしか五百円だったと思う。送金したら暫くして「大日本零円札発行所」のゴム印葉書が送られてきた。「いま立て込んでいて鋭意制作中なので暫し時間を」という文面だったと記憶する。その後、本物の零円札も確かに送られてきた。
何冊か持っていた赤瀬川さんの本の間に挟んで保管したと憶えていた。その後、何度か引越しするうちに行方不明になってしまった。
零円札も葉書も消えてしまった。何年かに一度ふと思い出しては探そうと思い立つのだが、いつも面倒になって頓挫する。見つかっても「零円札」使えるわけでもなく、額に入れて飾るほどの美術コレクター趣味も無いので、中途半端に終わっている。何処に消えたのか、まあミステリーめいていて「零円札」にふさわしい末路と言えば言えなくもない。
なぜ零円札のことを書いたのかといえば、登戸研究所第三科のことを知ったからだ。
生物細菌兵器や暗殺用毒物、殺人光線・電波兵器や風船爆弾、スパイ用兵器などの秘密研究で知る人ぞ知る陸軍登戸研究所の第三科に「偽造法幣(中国蒋介石政権の紙幣の偽札)」の専門部隊があったということを最近読んだ本で知った。「現在、登戸研究所の第三科には、印刷工場と倉庫に使われていた二つの棟が存在したことが確認されている。印刷工場には当時、最高級の印刷機といわれたイリス凸版四色輪転機が四台、凹版印刷機が十台配備され、用紙製造担当、すかし担当、製版・印刷担当、分析・鑑識・インキ担当の四班による共同作業が行われ、研究所員も陸軍をはじめ、全国の帝国大学や大手印刷会社から選りすぐられた専門家が集められ、秘密裡に任務が進められた」と美術評論家の南嶌宏さんが書いていた。【出典:『横尾劇場 演劇・映画・コンサートポスター』2012年11月DNP文化振興財団発行の巻頭論文「横尾忠則――聖なる記憶の媒介者」】別の箇所には「経済攪乱を引き起こす「印刷兵器」として、終戦直前には四十億元の偽造紙幣が印刷され、うち二十五億元が中国本土で流通した」ともあった。(この論文、横尾論としてはへんに気取っていてあまり好ましく読めなかったのだが、このくだりだけは興味を持った)
そもそもが紙幣にホンモノとニセモノの差なんてあるのだろうか。
すべてはニセモノ(ツクリモノ)なのではないか。
三つ目の話題は、親しい監督さんが今編集仕上げ中の自主制作映画のなかで描いているあるエピソード。薬物中毒者による贋札製造の話。妄想に取り付かれでもしたのか、偽一万円札を作って警察に捕まった。その贋札がふるっていた。大きさが本物の一・五倍のコピー、しかも、裏表両面ともに表面のみ。誰が見てもすぐに贋札だとわかる代物。「こんなのでもニセ札・通貨偽造になるんですか」そう訊いたところ逮捕に当たった捜査員は苦笑しながらこう応えたそうだ。「しゃあないなぁ、これ使うたからなぁ」
刑法第148条第2項に行使=流通の目的の項がある。
表現と国家がぶつかる境界線・臨界点が見えてくるようで面白かった。