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漫画:紙の映画 その2

先回「紙の映画」と書いたら、もう一つの「紙の映画」を想い出した。そう、漫画だ。映画と漫画は管理人若い頃からの二大好物である。

漫画編集者の島田一志さん(1969年生)に、9人の漫画家にインタビューした本『漫画家、映画を語る。9人の鬼才が明かす創作の秘密』【2015.5 フィルムアート社 刊】がある。

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情けない話、読んだことのある漫画家は松本零士さん(1938年生)五十嵐大介さん(1969年生)のお二人だけだった。トホホ。ロートルは置いてけぼりをくらったまま時代は過ぎていく。それでも島田インタビュアー(管理人より20年ほど若い)の熱い映画愛+漫画愛が伝わってきた。冒頭からこれだ。

いつも漫画のことばかり考えている。四六時中、というわけではもちろんないが、長いあいだ漫画編集の仕事に携わってきたせいか、ひとりでぼんやりしている時などに(中略)‥。そういう時、なぜか映画のことが一緒に頭に浮かんでくる。

 映画の隣人――かつて四方田犬彦はそう呼んだが、たしかにその両者はよく似ている。似ている、というより、いささか乱暴な言い方をさせてもらえば、日本のストーリー漫画は、映画の方法論を取り入れることによっていまあるような巨大な存在へと成長していったのである。

漫画の映画的手法については 以前 書いたことがある。

kobe-yama.hatenablog.com手塚治虫の長編デビュー作『新宝島』に触れた藤子・F・不二雄それまでの「まんが」は、長い物語のものでも、四コマもののように背景が変化せず、映画的手法に対して舞台的手法といった内容でした。そこに、アップやロング、カットバックやフラッシュバック‥‥などの表現の取り入れ、「まんが」独自の手法を作りあげてくれたのが、手塚先生を中心とする先輩作家たちです。」の発言を引き、島田さんは世評に名高いオリジナル版『新宝島』のトップシーンを採り上げる。

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藤子の相棒 安孫子素雄(藤子不二雄Ⓐ)はこう書いた。

これは確かに紙に印刷された止った漫画なのに、この車はすごいスピードで走っているじゃないか。まるで映画を観ているみたい ‼

そうだ、これは映画だ。紙に描かれた映画だ。いや!まてよ。やっぱりこれは映画じゃない。それじゃ、いったいナンダ!?」

島田さんは、続けて、後年手塚が同シーンをリライトした「講談社全集版」を挙げる。

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 見ての通り、オリジナル版が細かな視点のアップテンポの切り替えでカッティング・編集されているのに対し、全集版では、ワンカットの動きを息長く見せるワンカット長回しの手法が導入される。島田さんは、さらに波止場の到着までに数ページが費やされると語り、「コマ数を増やせば増やすほどスピード感が増す」という一見矛盾したような不思議な技術 を指摘する。細部まで味わい尽くす眼差しは愛情なしには生まれないものだ。

申し訳ないが、若い漫画家諸君については知識も読書経験もゼロに等しい。それでも、島田さんのリードで映画に向き合う熱量は九人九様に伝わってきた。いくつか挙げてみる。

上條淳士(1963生)「リアリティがあるとかないとか、つじつまが合うとか合わないとか、そういう細かいことはどうでもよくて(笑)ただただ自分が観たことのない景色、知らない世界を映像で観せてくれるというのは、映画が持つ魅力のひとつだと思いますよ。

 松本次郎(1970生)「大学時代に先輩から携帯用のテレビをもらっらことがあって。4センチ×3センチくらいの小さな画面の白黒テレビでした。それで日曜映画劇場の『2001年宇宙の旅を』を観たことがあったんですが、物語の意味はまったくわからなかったんですけど(笑)、とにかくキューブリック監督の映像美に感動しました。小さな画面でも、色がなくても、僕には充分伝わったって話。

武富健治(1970生)「(映画的手法よりむしろ演劇を観ているようなリアル感=その場に立ち会っている臨場感、描かれていない絵や場面が見えてくるよう意識しながら)読者それぞれの認識が、多角的で複雑であるようにという仕掛けは念入りにしているつもり

時代は変わった。

映画的手法を学んだ昔から、漫画的手法を取り入れた映画の今へ。漫画原作の映画の氾濫を邪道だと退ける映画周辺人は多い。人気や知名度へのもたれ掛かり、基礎票・ヒット狙いの商業的計算と批判することはたやすい。逆に、原作と違っていてガッカリしたと語る漫画ファン関係者も少なからず居る。

けどね。

作り手たちの視点と視界はもっと広く、切磋琢磨・精進は果て無く深いんですよ。だから、お嬢ちゃんお坊ちゃん、間違えないでネ。映画と漫画は隣人かも知れないけど、全く別の作り物だをいうことを忘れないでネ。

そんな島田さんの声が聞こえてくる本だ。

インタビューの間に挟まれたESSEYにはこうあった。

まだ誰も観たことのないような漫画や映画を観てみたい。そう思いながら私は飽きもせずに毎日書店に足を運び、ドキドキしながら映画館の看板を見上げている。