2ペンスの希望

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階調無限

永らく東京のマンモス大学芸術学部で「撮影研究」を教える友人の映画キャメラマン氏から、対面授業が再開したという便りを頂戴した。感度の低い35mmフィルムで、助手さん数人がかりで運搬移動するNCミッチェル撮影機の時代からやってきたベテラン(ロートル?)だ。

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ご承知の通り、フィルムキャメラは過去形になり、もっぱらデジタルオンリーになって久しい。もとより悪いこととは言えない。軽量安価・簡便・高感度高解像度‥‥。けど、氏からの便りにはこうあった。

フィルムのデジタル変換=4K修復(リストア)が盛んだけれど、フィルムからデジタル化する際、どうしても明るくなりすぎて、色彩が原色に転びやすくなり、濁りが無くなりがち。画で伝えようとした言語外の表現力が低下する」 

こうもあった。

技術は伝えようとする抽象的な思念を翻訳する役割であって、(それ以上でもそれ以下でもないが、恐ろしく微妙・精妙なものであることは心しておいた方が良い)

ホンモノを知る(識る)人は凄い。ビデオやデジタルがまだまだ未熟だった頃、「暗部がでない。黒の締まりが悪い」と嘆くキャメラマンの声をよく聞いた。黒色にも無限の階調があったことを思い出した。( 以下は逸脱脱線妄想暴走 

白黒ハッキリさせよ、とよく言われる。白と黒との間には無数のグレーゾーン、色相・明度・彩度 無数のグラデーションが拡がっている。けど、実は白も黒も一つじゃないんじゃないか。灰色同様、白も黒もバリエーションは無数・無限じゃないか、と気が付いた。

ネットでググってみたら、出るわ出るわ‥‥。

白なら⇒生成り 白百合 白銅 鉛白 月白 鳥の子 卯の花 胡粉 白練 白鼠 真珠 亜鉛華薄桜 乳白 象牙 藍白 白菫 雪色 紫水晶‥‥純白

黒なら⇒檳榔子黒 墨色(灰黒) 藍墨 紫黒 青黒 鉄黒 黒橡 黒柿 烏羽 呂色 濡羽色 玄 暗黒‥‥漆黒

これらの言葉は、純白と漆黒を双極に、人が様々な白や黒を愛でてきた歴史の豊かさの証拠だろう。白も黒も‥すべては階調無限なのだ。デジタル化が、無数多彩なバリエーションを狭め痩せ細らせていくとするなら、寂しい限りだ。デジタル技術の進化が、「大味(おおあじ)」や「味覚音痴」を産み出すだけなら、それは退化としか言えない。友人の便りの末尾にはこうもあった。

技術は伝えようとする抽象的な思念を翻訳する役割であって、技術バカに陥らないことにも注意が必要」

同感同意。ホンモノを知る人は、どこまでも健全・健康体。肝に銘じながら進みたい。