2ペンスの希望

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吉田喜重 × 舩橋 淳 ③

七回に及ぶ対話イベントを収録した『まだ見ぬ映画言語に向けて』450頁余り、メモを取りながら読みすすめて三日目。刊行後に交わされた往復書簡が載った書評紙『週刊 読書人』も併せて読んでる。ふーっ。

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Ⅵ〈映画の観客論〉

舩橋の映画を「誘導・思わせぶりだ」と批判した吉田に、舩橋は「吉田の映画は宙吊り」だと応酬、対話はさらなる佳境に進むか、と期待された。

アメリカNYで映画づくりを学び、プロとしてのキャリアとスタートさせた舩橋が何故帰国したのか、と吉田が再逆襲・つめよる。当該部分を引く。

吉田「コマーシャリズムを否定し、開かれた映画を志向するNYの土壌を捨てて、日本に帰国したのは――これはあくまで、私の想像ですが――NYには舩橋さんの作品を見て、理解してくれる観客がいたにもかかわらず、何か不安を感じたからではなかったか。おそらく舩橋さんが作る、意味の不確定性とでもいうべき映画を理解し、受け入れてくれる観客はきわめて限られた、NYにおける反ハリウッド的な実験映画を愛好する人たちであることを、舩橋さん自身がよく理解していた。それに飽きたらず、もっと不特定多数の観客、かつての映画全盛時代の観客であった、いわば大衆社会を対象に、映画を作ることを考えていたのではなかったか。‥‥(中略)‥‥それは映画監督であれば、かならず問いかけざるを得ない映画の観客論であり、自分の映画を見てくれるのは誰かという、答えのない重い課題だったのです。(註:太字 引用者)

 

 けど、〈誰に見せるために作るのか〉核心に迫ろうとするこの問いかけは、残念ながら深化されずに、終わる。期待したのになぁ。答えを出すにはやはり重すぎたのか‥それぞれに「宿題」として残された。

 

Ⅶ 〈三つの英単語〉

 さらに継続審議、「砥石として使えそうな英単語」を 三つ 挙げる。

idiosyncrasy特性・特質。個人や集団の特異性・独自性

映画評論家トニー・レインズの言葉。「世界の映画監督が小津を羨ましがるのは、映画の中に小津が生きた日本映画黄金時代のidiosyncrasyが凝縮されているからだ」と指摘。「スタジオシステムの中で培われた沢山の専門家・プロフェッショナルスタッフたちのクリエイティビティと熱量が画面の隅々にまで行き渡りまばゆいばかりの光を放っている」と評価したことに由来。

idios(独自性)+syn(一緒)+krasis(混ぜる) 今回 言いたかったことを、日本語にすれば、集団的総合力、技術ノウハウの集中・蓄積、スタジオシステムの豊かさ、包容力、奥行き、厚み、といったニュアンスになるのかも。

authenticity信憑性。真正性。信頼性。信じるに足りうる本当らしさ

舩橋は「ある濃密な刺激の持続を通して観客が信じ切ってしまう画面の強度intensityを指す語彙」と説明。「単なるリアリティある映像を超えて、事実かどうかに関係なく、見る者が「リアル」だと信じてしまう力」とも。

spontaneity自生性。自発性。自然発生性。

吉田が、リュミエール兄弟の撮影した海のショット、なんの変哲もない見慣れた波のうねりの映像に心動かされたことにまつわる言葉だ。意志・意図とは無関係に起動していく生気(精気)とでも呼ぶか。

当ブログでもこれまで何度か言及したことがある。

spontaneity 1 - 2ペンスの希望

spontaneity 2 - 2ペンスの希望