2ペンスの希望

映画言論活動中です

隅には置けない

けったいだが面白い本を読んだ。『喫茶店の時代 あのとき こんな店があった【2020年4月 筑摩書房 ちくま文庫 は-51-1】

f:id:kobe-yama:20210324095447j:plain

もともと2002年2月に大阪の出版社 編集工房ノアから出ていた単行本を改稿、文庫化したものだ。著者は林哲夫さん(1955年生まれ)。画家で装幀家で文も書く。無類の古本好き。『神戸の古本力』『古本屋を怒らせる方法』などの著書もある。本好き5人の共著『本の虫の本』では、カミキリキザミ科ハヤシウンチククサイムシと称している。「はじめに」にこうあった。

「喫茶店の時代」と題した本書は、実のところ、喫茶店の本ではない。まず、これは喫茶店案内ではないし、経営の指南書でもない。それならば、喫茶店文化史ではないのか、ととわれれば、結果的にそういう性格になったことを否定するつもりはないが、文化史を編むことが目的ではなかった。‥‥中略‥‥ 本書はひとつのコレクションである。子どもたちが牛乳瓶の蓋やきれいな小石を集めるのとまったく異ならない。喫茶店という文字を見つけると嬉しくなってメモしていく。喫茶店の写真や絵もできるだけ手許にためこんでいく。そういった遊びの延長にできあがったのがこの本なのである。」ことば通り、明治から大正 昭和にかけて、どんな盛り場にどんな喫茶店(コーヒーハウス ソーダファウンテン カフェー ミルクホール etc.)があって、どんな人士(作家 画家 演劇人 映画人 etc.)がたむろしていたかを、小説・エッセー・日記などから渉猟し、つぶさに記述した本だ。と書けば、何か伝わるかもしれないが、実は変な味わいの本なのだ。味わいは、現物に当たって貰うしか仕方ない。文庫本の巻末には古書店石神井書林内堀弘さんの「解説日記」が載っている。「(元版を)もう二十年近くも使っている。「読む」ではなく「使っている」と書くのは、私にとって事典だからだ。といっても、事典特有の妙な整合性はない。売れない詩人たち、新鋭の作家たち、。無頼な絵描きたち、果敢な革命家たち、彼らの足跡を追えば、名脇役のようにいくつか喫茶店の名前がある。そんなときこの本を開いて、気がつくと読み込んでいた。なにしろ類書がないのだ。」巻末には浩瀚な「人名索引」「店名索引 」が載る。確かに「類書が見当たらない」隅っこの奇書(貴書・稀書)とでも云おうか。けっして、隅には置けない。

こんな本にであうと、書物の世界、紙の本の歴史の厚み―奥深さと奥行きの果てしなさ、ポテンシャルに圧倒される。映画の世界はまだまだ浅いことを思い知らされる。