2ペンスの希望

映画言論活動中です

道徳より倫理を

唐突ですが、「道徳と倫理」について。言葉は違えどともに「人として守るべき道」だろう。けど、どう違うのか正直 よく分からぬままやってきた。この歳になってお恥ずかしい限りだが‥。そう思ってきたら、こんな論を教えて貰った。

福田恒存が「中央公論」1980年10月号に載せた「近代日本知識人の典型 清水幾太郎を論ず」(のち『国家とは何か』に収録)

f:id:kobe-yama:20210920095813j:plain

福田は説く。

道徳:モラル 自分を超えたものへの忠誠心。国家や社会といった目の前に見えて存在するものへの忠誠。人為的で外在する「べき」論の世界。普遍的善。〈善き国民〉」 これに対して

倫理:エチカ 自分を超えたものへの忠誠は同じだが、こちらは目の前には見えない 良心への忠誠。「後ろから自分を押してくる生の力」内発的な力。個別的善。道徳が押しつけてくる規範を相対化しながら、迷い悩みためらう中で生まれ育つ抗しがたき力とのやり取り。〈善き人間〉」だと。

成程な、と腑に落ちた。

とするなら、映画に求められるのは、「道徳」ではない。「倫理」の方だろう。

「映画に文法はない」そう言ったのはOZUさんだった。ゴダールブレッソンも同じようなことを言っている。たしかに映画は何でもあり、だ。規範も文法も超えて行けばいい。映画のポテンシャルはもっと大きいと信じたい。「べき」や「ねば」を超えた「たい」の世界、その切実、その誠実が拡がっていくことを期待する。「映画の倫理」については引き続き考えていく。