2021年米アカデミー賞のことを書いたら、1941年の米アカデミー賞のことを思い出した。
あの(かの?)映画『市民ケーン』にまつわるお話。 1941年 ニューヨーク映画批評家協会賞はわけなく獲得したのだが、米アカデミー賞では九部門にノミネートされながら、作品賞はおろか僅か一部門「オリジナル脚本賞」のみの受賞にとどまったというエピソード。
当時、雑誌「ニューヨーカー」で映画担当記者として鳴らしていたポーリン・ケイル女史の本『RASING KANE スキャンダルの祝祭 ウェルズ、マンキーウィッツ、ハースト 誰が『市民ケーン』をつくったか?』【1987.1.10. 新書館 刊 小池美佐子 訳】
表紙裏にはこうある。
「事件としての『市民ケーン』とは、新聞王ハーストを巻き込んで、25才の寵児ウェルズと百戦錬磨の老獪な脚本家マンキーウィッツとがくりひろげた、富と権力と名誉をめぐる「並はずれた」男たちの白熱のドラマだった」
「第6章 スキャンダルに屈したアカデミー賞」にはこうー
「授賞式で題名やオーソン・ウェルズの名が呼ばれるたびに、チェッという声やブーという大きな野次がとんだ。オリジナル脚本賞はおそらく、一つには、自分たちの仲間ハーマン・マンキーウィッツへの愛情表現だったろう。ただし、映画界は一致団結してオーソン・ウェルズと対決した。」
「第12章 騒ぎを仕掛けた聖なる怪物たち」にはこんなくだりもー
「ウェルズとマンキーウィッツは何か世間をあっと言わせることをやりたいと思っていた。意図して騒ぎを起こそうとした。言葉遊び(注・CAINと綴るとレイズ・ケインは騒ぎを起こすの意、KANEならケーンを育てるの意)は彼らのおはこであり、そこへハーストが見事にはまりこんだわけだ。」
お金や名誉に絡む虚々実々‥本当のところは分からない。真実は不明だ。けど、ケイル女史の文芸は、読ませる。
切れ味鋭く、外連味たっぷり、毒気十分、小気味いい。あらためて 文章とは「文体」であり、文芸とは「芸能」だと再確認した。