2ペンスの希望

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望都メモ その2 際限なく細心に

萩尾望都『一度きりの大泉の話』【2021.4.30. 河出書房新社 刊】から、もうひとつ。物作りの必要条件その2。

漫画家は阿漕な商売です。好きでなければ続けられません。

私は15ページの連載に5日かけて苦心惨憺してネームを作っていました。2行のネームを1コマに入れるか2コマに分けるか、それだけで1日も2日もかかっていました。コマの流れとリズムに苦心していました。

エピソードA・B・Cの順番を、AーBにするか、A-Cにするか、B-Cのほうがいいかとか、物語の細かい流れやキャラクターの心情をたどりながら、描きつけていくのです。それらをすべて描くと冗漫になるので、さらに絞り込みます。苦しくも充実した作業です。

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トーマの心臓』の連載にあたっては、ドイツの資料がほしいと思い、探しました、まだネットもない時代です。一番役に立ったのは、ドイツの年間降雨量と月ごとの平均気温でした。味も素っ気もありませんが、意外とこういうデータが役に立つのです。これで気温、つまり、暑さ寒さがどれくらいかわかり、キャラクターに着せる服を決められます。コートを着せるかマフラーも着けるか手袋は要るか、帽子はどうか、長靴かブーツか、気温で考えられます。雨が降るか、雪の季節か、風が冷たいか、いろいろと想像ができるのです。

また、ドイツの樹木の分布図もあって、これも助かりました。ドイツは日本より緯度が高いので、もっと北の植生になります。樹木の種類も、日本ほど多くはありません。白樺?樅の木?なんの木があるのか知ってから背景の木を描くのです。

それから、日の出と日没の時間も調べました。これは天文の本で調べたと思います。それによって、朝起きた時ー例えば、4月の早朝6時頃にはもう陽が出ているのかがわかります。で、まだなら暗いから室内に電気が必要ですし、カーテンを開けても窓の外は暗いし、月か星が見えるかもしれません。

しかしどんなに想像しても、住んだことのない土地のイメージを肌感覚で知るには限界があります。そういう時は、ドイツの詩人の探して読むのです。春の詩には「しらかばの花が咲く4月」などという表現が出てきます。

キャラクターが列車に乗るので、鉄道の路線も調べます。ドイツの鉄道の地図を手に入れて調べたように思います。

一コマ、一字一画もおろそかにせず調べ尽くす。むさぼるような際限のなさ、阿漕で因果な商売。映画だって同じことだろう。

原作付きの少女漫画が軽んじられてきた歴史にも触れている。

「原作付きを描くのはアイディアがなくなったからだ」という批判は70年代の風潮だったのかもしれません。

今は原作ものは一つのジャンルになっています。原作のコンクールさえあるほどです。

映画制作では原作付きの映画でも、誰からも何も言われません。文章の画像化という演出には共通点があるのに。

イデアやストーリーを作るのがうまい人もいれば、絵を描くのが上手い人もいる。得意分野を活かすのは、むしろいいことだと思います。

オリジナルであろうと、原作ものであろうと、面白ければいい。どんな表現が見られるのか、いつも楽しみです。(太字強調は引用者)

映画界にもオリジナル信仰がある。漫画原作、活字原作偏重があまりにも過ぎる反動かもしれないが‥オリジナルのほうが上位・高級だなんて思ってはいけない。面白いか 面白くないか 勝負はそれだけだ。

こんな一節もあった。

考えが形になり、作品になるのは、長い旅をする体力のいる仕事です。細かい編み物を完成させる仕事です。(太字強調は引用者)

その通り。お湯をかけて3分でも、レンジでチンでもない。やっぱりモーサマはよく分かってらっしゃる。