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『「坊ちゃん」の時代』 五部作

『「坊ちゃん」の時代』を全巻 読んだ。1987年から1996年まで双葉社刊行の雑誌『漫画アクション』に連載された大河漫画だ。「凛冽たり近代なお生彩あり明治人」の冠詞を持つ。

漱石夏目金之助を中心に明治の文学者たち政治家たちが登場し、時代や世相を描く全五部作というスケール。

原作は関川夏央が責任を持ち、作画は谷口ジローが担当、二人の共著というしつらえ。

漱石の病は 近代社会で はじめて自我に目覚めた日本人の悩み あるいは西洋を憎みつつ 西洋を学ばざるを得なかった日本知識人のジレンマと まさに同根であった」というのが関川の執筆モチーフだった。

 

実在の人物を登場人物として、「この人とこの人が、この時点でもしも出会っていたら」という仮定をおりまぜる手法。凝った作りが面白い。

 

第一部「坊ちゃん」の時代

この部は、自らが「坊っちゃん」のモデルであると主張した太田仲三郎(=太田西涯)による手記『明治蹇蹇匪躬録』(めいじ けんけん ひきゅうろく)を原典としている、という設定である。太田仲三郎は本作品における創作上の架空の人物で、『明治蹇蹇匪躬録』も同様に本作品における創作であり、いずれも実在しない。(元双葉社コミック部門編集者で劇団☆新感線の座付作家である中島かずきが附録の冊子のエッセイにこう書いている。「嘘をつくならこのくらいハイレベルで鮮やかなものにしたいと、これは作り手として目標にしている」)

闊達自在な作り物漫画なのだ。

何か所かお気に入りを引いてみる。

いってみりゃ 小説なんざ おもいきりの すこぶるつきに 悪い負け惜しみか 頭の屁 みたいなもんだよ」(漱石のセリフ)

牛飼が 歌よむ時に 世の中の‥ 新(あらた)しき歌 大いに興(おこ)」(山県有朋主宰の歌会の席で伊藤佐千夫が詠んだ。これに「言葉が過ぎやせんか‥これは社会主義‥ではないのか‥と詰問する山県・桂太郎ら政治家たちに「思想ではありません 心意気です」と切り返す文学者 鷗外森林太郎【太字強調は引用者】

 

作者二人の言葉も ひとつずつ引用しておく。

関川「日本のマンガは、本来小説や映画やらに向かうはずだった人材がつぎつぎに参入し、多くの果実を得た。興味の対象を貪欲にひろげ、思惟的世界から荒唐無稽まで、細緻から粗雑まで、心理劇から段取り芝居まで、退廃から前衛までのあらゆる部分をカバーするまで増殖した。

谷口「背景や小道具も、記号としてそこにあるものではなく、ものいう風景として描いてみようと心掛けた。人々の生活する場所に奥行を持たせ、立体的に明治という時代を描けないものかと考えた。そして学んだ。漫画の持つ表現力の幅の広さを。背景や風景が物語を語ることもできるのだということを。

細部にまで行き届いた目と手が、空気までを描き伝えて読ませる。