『満映秘史 栄華、崩壊、中国映画草創 』【2022.7.10 角川新書】をスコブル面白く読んでいる。
ノンフィクション作家の石井妙子が女性映画編集者の草分け 岸富美子(1920~2019)にインタビューして書いた本だ。
「あとがき」にこうある。
人は皆、時代の申し子というが、女優の原節子と李香蘭、岸富美子の三者は、そろって大正九年の生まれであり、それぞれが波乱の生涯を送った。
映画が最も力を持った時代に、ふたりの女優はスターとして銀幕に輝き、一方、岸は彼女たちの映るフィルムを手に、日々を編集室の中で過ごした。ふたりの女優が戦時下、ともにプロパガンダに利用されたのと同じように、いや、それ以上に、岸は、政治によって、戦争によって、その半生を激しく翻弄された。
「肩上げのついた着物に兵児帯(へこおび)を締め、素足に下駄ばき」十四歳の少女 岸は、昭和十(一九三五)年、前年出来た京都太秦の第一映画社に編集助手として雇われる。昭和十四(一九三九)年、満州にわたり満州映画協会に入社。敗戦後も中国に残り中国映画の創成期を支え、帰国後はフリーランスとして亀井文夫・木村荘十二・新藤兼人ら主に独立プロの映画編集を手掛けた。平成二十七年(二〇一五)年には「一本のクギを讃える会」から表彰を受け、令和元年(二〇一九)年5月永眠、享年 九十八。
溝口健二、伊藤大輔、山中貞雄、伊丹万作、島津保次郎、内田吐夢、加藤泰、宮川一夫、吉田貞次、‥‥著名な映画人の名がいくつも並ぶ。徳永フランク(監督)、池永浩久(日活撮影所長)、石本統吉(映画編集)宮本信太郎(映画編集)ハヤブサヒデト(アクションスター)伊藤宣二(映画音楽)勢満雄 (タイトル技術) 山元三弥 (録音) 西田重雄 (映画編集) ‥‥知られることの少ない映画人も多数登場する。もちろん満映理事長 甘粕正彦は何度も‥。
石井は書く。
本書は満映の崩壊を見届け、中国映画の草創期にかかわった当事者による最初で最後の膨大な証言集であり、今後も貴重な一次資料とされることであろう。とはいえ、満州の裏面史、満映の研究書、映画研究史、近現代史研究として読まれるよりも、戦争の時代を精一杯に生き抜いた一女性の半生の記録として、より広く読まれることを私は願っている。
実はこの本、2015年に文藝春秋から単行本『満映とわたし』として一度刊行されている。
たしかに、これでは弱い。品はイイがインパクトに欠ける。絶版を経て、加筆修正し改題してKADOKAWAが新書判で再刊した。今回も上掲のように体裁は飾り気なしシンプルな新書だが、帯はこれ ⇓
「売らんかな」のあざとい惹句。結構な煽りだ。センセーショナリズム。カドカワらしい。悪いとは言わない。商売として文句はない。ただ、岸富美子が、「八十歳を過ぎた頃から、ノートの切れ端や、新聞の広告チラシの裏に静かに書き連ねた自分の人生」(←「序 章 出会い」から引用)を、長女の千藏眞理(彼女もまた映画編集者だ)がワープロで入力 清書した「手記」が、ライター石井の手に渡り、さらに長い時間をかけて出版に辿り着いた、その「径庭」を想う。
2018年には劇団民芸でこんな演劇も上演されている。
主演は、日色ともゑ。
産経新聞のインタビュー記事にはこう答えている。
「私も大の映画好き。当時の映画人の職人魂や深い映画愛が、戦後の混乱期、国も時も超え、映画技術をついだと思います」
この本、一人の近代職業婦人の貴重なドキュメントだ。いささかなりとフィルムや撮影所を知る身には、懐かしく生々しい。背筋の伸びた積年の映画人から教えられることは、まだまだ少なくない。