2ペンスの希望

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似て非なるもの にて候

いまだに、原作と違うと文句を言う人が居る。ストーリー/筋立て/物語が似ていても、映画と文学や漫画は別物、手法/作法/語り口はそれぞれ様々なのに‥混同が止まない。常々そう思ってきたら、最近こんな本に出会った。

南沢奈央さん(1990年生)の『今日も寄席に行きたくなって』【2023/11/01 新潮社】

落語と寄席に惚れ込んだ女優さんが新潮社雑誌「波」に連載したエッセイを纏めた本だ。

自身 柳亭市馬師匠(1961年生 落語協会顧問 会長職を五期十年務めた)に教えを請い、何度か高座に上がった経験を持つ。 本の中にこんなくだりがある。

落語は芝居ではない、話芸だ。落語と芝居は近しいようで、やっていることが全然ちがう。‥中略‥ 落語の場合、いかに没入しないかが重要なのかもしれない。人物を作り過ぎない。そして高座では、ある程度演じている自分を俯瞰して見て、さらには観客の反応を受け取るくらいに、冷静な目を持っていなければ(「厩火事」を演る)

ウンか月ぶりに、映画館に映画を観に行った。久しぶりにシネコンの椅子に座って、〝なんて座り心地が良いんだろう〟なんて感動してしまった。演劇の劇場には頭まで寄りかかれるような席はない。もちろんドリンクホルダーもない。映画館では飲食しながら鑑賞でき、客席は真っ暗になってスクリーンに集中しやすい環境が整う。

落語、映画、ドラマ、舞台、小説。同じ作品を〝鑑賞する〟と言っても、観る場所によってこうも楽しみ方が多様になるのか、入り口はどこからでもいいが、それぞれを見比べる面白さがあると思う。(「志の輔えいが」:本文一部を順序替。)

京都の映画人:河合正二郎のこと

昔々から脚本家結束信二さんが好きだった。出会いは、テレビ時代劇『新選組血風録』1965年~66年 、以来『われら九人の戦鬼』『俺は用心棒シリーズ』『天を斬る』『燃えよ剣』と欠かさず見てきた。

墓所の碑 ( 京都 北山 誠心寺 筆 司馬遼太郎 )

最近YouTubeでこんな番組を知った。


www.youtube.com

結束さんの生涯と業績を紡いだ55分。長尺だ。出来るなら時間のあるときに全編ご覧いただきたいところなのだが、とりわけお勧めしたいのが、33:40から44:39あたりまでの11分小さな村のおかしな人たち 連載第五回 手形とカレーライス」=台本の印刷やのおっさんの話だ。騙されたと思って見て貰いたい。

映画という集団制作物、撮影所という小さな村、そこに生きた人物と風景が「沁みる」。(今風に「刺さる」とでも言おうか)

世界は広く 映画も広い + 腸で味わう             

遣る瀬無い事情で しばらく間が空いた。高倉嘉男さんの本『インド映画はなぜ踊るのか』[英題: Nine Dips into Indian Cine Mahāsāgar(インド映画という大海への9回の 潜水 ドゥブキー ]【2025/10/10 作品社 刊】を読んだ。すこぶる刺激的で示唆的だった。

人口14億7000万人 世界一の映画大国インドの映画事情について、12年にわたる現地実体験と2000本以上のインド映画の見聞レビューをもとに、各種データを交えながら、私見・知見を綴っている。まえがきにはこうある。「インド映画に対する誤った認識を解消し、その実像を明らかにすることによってインド映画の真髄に日本人の視点から迫ろうとする本である。

近隣の図書館あたりで現物を読んでいただくのがベストなのだが、感じたことをいくつか列記してみる。まずは‥

▼世界は広く、映画も広いということ:近年 歌や踊りシーンがフォーカスされインド映画にハマる人が増えた。マサラ上映も人気だ。だが、日本で我々が接しているインド映画だけがインド映画なのではない。多言語国家であるインドでは、多言語ごと地域ごとに 北インド:ムンバイ(旧 ボンベイ)中心のヒンディー語映画産業 コルカタ(旧カルカッタ)のベンガル語映画産業 南インド:チェンナイ(旧マドラス)のタミル語映画産業 中部インド:テルグ語映画産業などなど 多種多様な言語別の映画産業がしのぎを削って切磋琢磨しているのだ、と筆者は説く。

「インド映画」という言葉は、「ドイツ映画」や「フランス映画」と同レベルの言葉ではなく、「ヨーロッパ映画」と同レベルの言葉である。(44頁)

(映画は)「体験」を提供する娯楽≒頭より心、いや 心より「腸」で楽しむもの映画は「コンテンツ」ではなく、「体験」を提供する娯楽だ(89頁)同じ時間、同じ場所を共有し同じ演目を楽しむ(284頁)「目で見る」という以上に快楽を分かち合う「宴会」「会食」であり、「腸」で楽しむもの(285頁)「リアルでなくてもいいが、信じられるものでなくてはならない」(293頁)

感じるものというより味わうもの:成立が紀元後6世紀とも紀元前6世紀ともいわれる芸術理論書『ナーティヤ・シャーストラ(演劇論)』から21世紀の現代まで連綿と伝わる「ラサ理論」≒「ナヴァラサ(9つのラサ)」:「ラサは元来、「味」とか「汁」などを意味する、医学や調理学に関連する言葉である。(262頁)味わい」「精髄

現実世界の感情とは異なり、虚構の創作から知的に味わうことによって得られるエクスタシー・満足感(295頁)

インド映画への関心・興味という浅い次元ではなく、虚心に映画という表現媒体と真摯に向き合ってみようという若い衆にはお勧めの書だ。日本映画の混迷・渾沌・困窮を突破するヒントが幾つも汲み出せそうに思うのだが‥さて どうだろうか。

「まっすぐ‥‥信じてる」

落語家の桂二葉さんがTVでこんなことを言っていた。

落語って時代と真逆のことをやっていると思う。映画でも 今 若い子は早廻しで見たり、筋だけわかればいい みたいな‥落語は逆のことをやってるように思う。おもしろくないところを5分とか10分とか、けどそこに良さがあったりするわけで、分かりやすいものにしなくても まっすぐ古典落語やったら(今の時代でも)絶対わかっていただける 落語の良さをねぇ」「落語のことを信じてる、絶対大丈夫やと思う 全然伝わるものだと思うので【朝日放送「LIFE~夢のカタチ~」2026/3/7 OAより】

イイなぁ、「まっすぐ古典映画をやったら 映画の良さを分っていただける」「映画のことを信じてる」断固賛成!異議なし!

やっぱり只者じゃなかった

やっぱり「小津安二郎に憑かれた男」田中眞澄さんは、只者じゃなかった。【平山周吉編『「小津安二郎に憑かれた男」の映画案内 田中眞澄・映画コラム傑作選 』】軽妙洒脱な一筆書きの戦前戦後映画女優・男優論も good だったが、プログラムピクチャー最盛期 1950~60年代に撮影所で活動した映画監督たちをスケッチした記事(「キネマ旬報2001年7月上旬号~2003年12月上旬号連載)『「わが映画人生」つまみ食い』が nice だった。「大いなるマンネリズム量産時代」にあって娯楽映画を作り続けた職業監督たち三十人を活写する。かれら「クレールやデュヴィエやキャプラやフォードたちの映画で育った世代が共有する、映画の原点への思い」を汲んで飽きない。飽きさせない。

◎「頭で稼ぐか足で稼ぐか、足で稼ぐ方がながもちするよ」岡本喜八が黒澤明から教えられた言葉。黒澤のもう一つの教えは「まずホン(シナリオ)を書け

◎瑞穂春海が小津安二郎から受けたアドヴァイス「監督になったら俳句をやれ。短いフレーズでいろんなことが言える

◎あるいは井上梅次のこんな言葉。「映画の本来は観客を満足させるための娯楽、それに芸術性をもたせて良いものを提供する。演出とはスクリーンと客席との距離の測定である

◎大学出の後輩大庭秀雄が小学校もろくに出ていない大先輩島津保次郎を評した言葉はこうだ。「我々は教養はあるが才能はない。島津さんは教養はないが才能がある

先輩と後輩、師匠と弟子、的を外さず、芯を食ったエピソードが連綿と続く。その豊穣が眩しい。

(もっとも、昭和は遠くなりにけり。こんな講釈、イマドキ令和の若い監督さんには、かったるい昔話・賞味期限切れの旧弊主義と疎んじれ、〝俺は俺の道を行く〟の唯我独尊映画が横行 氾濫する中にあっては〝馬の耳に念仏〟 きっと届かないのだろうなぁ‥‥〝残念~〟以上に もったいない話だ)

ロケ弁

FBでこんな記事を読んだ。尾上泰夫さんという方の投稿だ。面識はない。

映像現場において、弁当は単なる食事ではない。それはモラルの指標であり、制作会社の品格であり、スタッフへの感謝の表明であり、ADさんからのラブレターでもある。
朝8時入り、撤収は深夜0時。その間、まともに座って食事ができるのは昼と夜の弁当タイムだけ。だから現場の人間は、弁当に対して異様に敏感だ。
「今日の弁当、冷えてる」——士気が3割下がる。
「揚げ物ばっかりだな」——胃もたれの予感に誰もが黙る。
「おっ、今日は鯖の味噌煮だ」——どこからともなく笑顔が生まれる。
かつて、予算の厳しい現場で3日連続コンビニおにぎりが配られたことがあった。誰も文句は言わない。プロだから。でも、4日目に温かい仕出し弁当が届いた時、ベテランの照明さんの目が少し潤んでいたのを、私は見逃さなかった。
逆に、大手代理店の仕事で1個2,000円の高級弁当が出たこともある。美味しかった。でも正直、みんなの感想は「こんなところに金使うなら、機材費に回してくれ」だった。現場の人間が求めているのは贅沢ではない。「あなたたちのことを考えていますよ」という、ささやかなメッセージなのだ。
最高の弁当を知っているかと聞かれたら、私は迷わず答える。真冬の野外ロケで、製作部の若いスタッフが走って買ってきてくれた温かい肉まんだ、と。

お仕事は映像システムのテクニカルディレクター。きっと、最新のデジタル技術に習熟された方なのだろうが、映像の現場が人間の仕事場であることもよくご存知の方だ。

「柔よく剛を制す」?!

『「小津安二郎に憑かれた男」の映画案内 田中眞澄・映画コラム傑作選【田中眞澄著 平山周吉編 2025/12/18 草思社刊】を読んでいる。

いやぁ、面白い。知る人ぞ知る「在野の怪人」田中眞澄さんの小津研究以外の映画コラム、「平明」で「柔らかい」文章が満載だ。

著者:田中眞澄さん(1946ー2011)

編者:平山周吉さん(1952~ )

冒頭に置かれた編者:平山周吉さんの文章から 適宜 引用してみる。

実は僕が二十歳ぐらいのとき、最初に見たのは『麦秋』で非常に感動したんです。僕はそれまで大島渚などに特に関心があった世代ですから、どうしてこういう映画でこんなに感動するのだろうと。そういう謎から入って、小津さんの映画をずっと見続けることになってしまったんです(三田評論2003年12月号座談会での田中眞澄の発言)

その後、五十回以上観ている。ヴィデオやDVDの普及する前だから、見るのは名画座や京橋のフィルムセンター(現、国立映画アーカイブ)で上映される時に限られていた。

「見る」「見続ける」だけではなかった。「調べる」「読む」「歩く」も同時進行させた。「調べ続ける」「読み続ける」「歩き続ける」二十六歳の時(1972)から四十一歳(1987)までの十五年間、田中眞澄の出没地帯は国会図書館とフィルムセンター(国立近代美術兼附属フィルムセンター)であることは間違いなく、いつの回でも、同じ席を占拠している。国会図書館は、自らの「書斎」でもあった。朝一番に国会図書館に行き、過去の新聞と雑誌をずっと読んでいく。午後は京橋のフィルムセンターに行くので、それまでの時間を新聞雑誌の絨毯爆撃に費やす。
「資料を集めている」というより、資料を鉛筆片手に書き写しているといった方が正確になる。切り抜きでもなければ、コピーでもない。ミミズが這ったような、しかし、その割には読み易くもある文字で几帳面に書かれていた。聞けば、コピー代がたいへんだから、だという。改行位置はもちろん、誤植と思われるものも「ママ「と脇に書き添えて写しています。テン・マルも文字遣いもそのまま。

奇特な人というか。酔狂というべきか。

蓮實重彦との角逐(確執?)はつとに有名だ。

元東京国立近代美術館フィルムセンター 客員研究員 浅利浩之は、田中について「映画を論じて映画しか論じない」テクスト中心主義者たちに小津映画が消費されていることに不満があると書き、

平山周吉は、こう解説する。蓮實重彦の映画批評は「抑圧」を旨としているが、田中眞澄の映画の文章はいつも「寛容」と「諦観」を漂わせ、批判を口にするとしても、一杯機嫌でしゃれのめし、上昇志向なしで、むしろ下降するといった傾向があった。

歴史を部分でなく全体として、啓蒙者の言説とは別に、大衆とか民衆とかのレベルで実感するための方法。二十世紀最大の大衆文化となった映画に、世相史と思想史が相渉る舞台をひとまず想定。

「小津映画」という入口から、間口広く敷居低く、田中眞澄の案内で進んでいくと、こんなに広いパースペクティブを得られ、広大な裾野と歴史的な視点が得られる。とまで書く。

田中眞澄ご当人も、キネマ旬報の映画女優さんを綴った連載コラムについてこう自解する。

日本の近代史、戦後史に対する私の考えを映画女優史に応用する試み。単に個々の女優の業績を解説したり、主観的な愛着を語ったりする以上に、彼女たちを歴史的社会的存在として位置づけることを狙った。〝映画〟という枠組を超えたところで彼女たちが体現した日本の近代化のさまざまな姿態、それに対する反作用のあらわれをスケッチしてみたつもりである

「硬さ」を否定するわけじゃないけどサ。読み進めながら、「柔よく剛を制す」という言葉を思い出しちゃった。豊かで滋養あり。御大の「生硬+重厚」より在野の「精巧+洒脱」こそ断固支持だ!