2ペンスの希望

映画言論活動中です

『われらが海民』大重さん

勧められて『われらが海民 映画監督大重潤一郎著作集【2025/7/22 港の人】を読んだ。

大重潤一郎さんは、管理人よりちょっと年長の映画監督だ。岩波映画製作所で仕事をはじめ、1970年『黒神』1972年『能勢』以来最後の映画2015年『久高オデッセイ第三部 風章』まで何本も間歇的に観てきた。岩波時代の同僚四宮鉄男さんの映画2013年『友よ! 大重潤一郎 魂の旅』の上映を手伝ったことも‥‥。映画観も世界観も美意識も異なるゆえ距離を置いての交流だったが、その直情と純情=人たらしの才には惹かれてきた。本には何人も懐かしい映画人の名前が載る。ただその半数は鬼籍だ。黙して合掌。

賞味期限切れの“仇花”本だったけど‥

山田耕大(1954生)に高鳥都(1980生)がインタビューした本『80年代90年代、新しい日本映画の始まりと終わり――その裏側』【2026/4/10 かや書房】を読んだ。

にっかつロマンポルノの企画営業を皮切りに80年代90年代、東映東宝松竹といった老舗会社の外側で幾つもの映画企画製作会社を立ち上げ駆け抜けてきた企画マン/プロデューサー/シナリオライターの業界裏話・よもやま与太話。お金にまつわる話もあって結構面白いのだが、それだけの昔話 ゆめまぼろしの御伽噺だった。

「80年代90年代」崩壊しつつあった末期(まつご/まっき)の撮影所システムの中に登場した表題どおりの「新しい日本映画」という《仇花》は、一時(いっとき)花を咲かせたのち、実(み/じつ)を結ぶこともなく、根付かず早々に消えてしまった。その意味では、「始まりと終わり」という表題は正しい。偽りはない。ただし、残念ながら、半世紀を経てとうに撮影所システムが潰え、製作も配給も興行・配信も何もかもすべてが様変わりした今の日本の映画状況の中で、新しい日本映画作りを目指す若い作り手たちには、何の参考にもならない賞味期限切れ本以上ではなかろう。相米や森田に学ぶより、30年代40年代50年代の日本映画の豊穣摂取のほうか先決おススメだ。コスパもタイパも断然良い。

とはいえ、現場を踏んできた実感がこもった言葉もあった。二つほど挙げておく。

山田耕大が映画人生の師匠だと語る元にっかつの企画部長:佐々木志郎(1937ー2023 ATG二代目社長の佐々木史郎(1939ー2022)とは別人)の持論

🔳「映画って、脚本より、演出より、キャスティングより、まず〝企画ありき〟なんです。企画と脚本で映画の8割は決まる。

入社2年目の山田耕大に小沼勝監督が言った言葉

🔳これからも映画をやるにあたって〝腕はプロ、心はアマチュア〟でいなさい

マット― 二つ

かわらず読書と無為の日々。なかで 最近「だよね」と共感した至極マット―なことを二つ。忘れぬうちに書き留めておく。

勉強熱心かつお茶目で映画好きらしい重田園江センセイ(御専門は政治思想・社会思想史)の本『シン・アナキズム』

アナキズムのイメチェン本だった。「アナキズム≒暴力的」というイメージを「アナキズム≒身近な地べたから始めるプチブルの連帯 自主管理」へと転換させるべく、重田センセイが熱弁を振るう。専門学術書に有りがちな硬直 無味乾燥を避け、逸話エピソード満載で、最後までフムフムと読んでたら、「あとがき」で胸のすくマット―な啖呵に出くわした。

「で、どう行動すればいいのか、答えを書いてほしい」と期待する声に応えて

何を言っているんだ。何をすればいいか人に決めてもらおうなんてどうかしてる。著者というのは、書き手がこれまで築かれてきた思索の海を泳ぎ、溺れそうになりながらある筋道や鉱脈を示すためのものだ。そこから何を拾い、どんな行動のエネルギーとするかは、読者に委ねられている。

いたく 納得 得心。

長く愛読している《はてなブログ:琥珀色の戯言 2026-06-09 【映画感想】箱の中の羊 》の一節。映画の感想を綴ったブログだが、そこには触れない。後段のAIについての感想(考察)がマット―で腑に落ちた。

人間は、自ら作り上げてきた、人間に似た存在(引用者註・AIのこと)を、一方的に利用すべきなのか、共存すべきなのか、排除、競争すべきなのか?

その問いに、AIは答えられない。
人間は、答えを探し続けなければならないし、それが最後の「人間にしかできないこと」なのかもしれませんね。

どちらも「だよね」当然至極ながら忘れがちだよね。

半練り? 完練り?

映画は練り製品である、というのが持論だ。

即興即席じゃない、練りに練った練り製品であるべし、衆知を結集し、手間暇惜しまず、お金も時間もかけてリリースするものだと考えてきた。

それが機材や技術の軽便安価で激変した。高度な技能修練を要した技法に比較的容易にアクセスできるようになり、コストも二桁も三桁も低廉になった。早くて便利、耐久性と施工性のバランスにも優れ、初心者にもとっつきやすくなった。

結果‥‥手軽で手頃に手が出せるペースト状の「半練り」映画が増殖した。

悪いとはいわない。

一点一画ゆるがせにせず贅を尽くした固形「完練り」映画の息苦しさを敬遠する風潮・御時世を知らぬわけでもない。「用意周到のはてに生まれる偶然性・一回性にこそ映画の魔(磨 摩 間 真‥)は宿る」という主張があることも承知するし、正直惹かれもしている。う~む なやましい。いずれにしろ、これだけははっきり言える。生煮え粗悪不良欠陥品映画の横行はご勘弁願いたい。

映画関連本ばかり読んでいる

映画館には行かず、ずっと、映画関連本ばかり読んでいる。

濱口竜介×三宅唱×三浦哲哉『演出をさがして 映画の勉強会』【2025/12/20 フィルムアート社】

★★★★★

小中和哉のインタビュー本『僕たちはこうして映画監督になった 8ミリ映画時代を語る【2026/2/6 文藝春秋】

★★

石井岳龍 二冊。

金子修介『無能助監督日記』【2025/4/10 KADOKAWA】

★★★★

50年ほどの昔 撮影所凋落期のどさくさに紛れ込んだ監督たちから、その頃生まれ今40代の監督さんまで‥ピンからキリまで種々雑多な雑談・放談・体験談=ラインナップ 玉石混淆。キャプションのの数は独断と偏見に基づく採点(新しく映画の沼にハマろうという若い衆へのおすすめ度数 なしの石井本は 読む価値なし 評価)

この間 日本映画をとりまく環境は激変した。上記 金子修介さん(1955年生) の『無能助監督日記』の「おわりに」にはこんな一節が‥

当たり前だったことが40年以上経つと当たり前でなくなり、今の時代にどう説明してよいか分からないこと、書いても通じないことがあるのに気づき混乱し出した。最も大きな違いは、映像がこんなに簡単に綺麗に誰もが撮れるようになったこと。その時代が始まったのがこの本の冒頭で、オレの8ミリを見ろと息巻いたが、まだまだ希少な本物のムービーカメラでは、映像は強い光の当たるところしか写らないことを知り‥‥なんだか「超」昔話をしている気がして来た。充分、昔話だ。

そう書く金子修介さんが日活時代森田芳光監督の映画『家族ゲーム』(1983年 キネマ旬報日本映画ベストワン)の助監督に付き予告編を担当し、その年の予告編大賞を受賞したことを知った。その予告編がコレ。今見ても良く出来ていると思うが如何?


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本の中にはこんな一節も‥

30秒以上の物語性ある映像をテンポよく繋ぐには、素材を客観的冷静に把握している必要がある。場面、場面は前後がないから、カット自体がどれだけの「意味」と「力」を持っているのか、見極めなければならない。

映画編集の要諦 その一だろう。

似て非なるもの にて候

いまだに、原作と違うと文句を言う人が居る。ストーリー/筋立て/物語が似ていても、映画と文学や漫画は別物、手法/作法/語り口はそれぞれ様々なのに‥混同が止まない。常々そう思ってきたら、最近こんな本に出会った。

南沢奈央さん(1990年生)の『今日も寄席に行きたくなって』【2023/11/01 新潮社】

落語と寄席に惚れ込んだ女優さんが新潮社雑誌「波」に連載したエッセイを纏めた本だ。

自身 柳亭市馬師匠(1961年生 落語協会顧問 会長職を五期十年務めた)に教えを請い、何度か高座に上がった経験を持つ。 本の中にこんなくだりがある。

落語は芝居ではない、話芸だ。落語と芝居は近しいようで、やっていることが全然ちがう。‥中略‥ 落語の場合、いかに没入しないかが重要なのかもしれない。人物を作り過ぎない。そして高座では、ある程度演じている自分を俯瞰して見て、さらには観客の反応を受け取るくらいに、冷静な目を持っていなければ(「厩火事」を演る)

ウンか月ぶりに、映画館に映画を観に行った。久しぶりにシネコンの椅子に座って、〝なんて座り心地が良いんだろう〟なんて感動してしまった。演劇の劇場には頭まで寄りかかれるような席はない。もちろんドリンクホルダーもない。映画館では飲食しながら鑑賞でき、客席は真っ暗になってスクリーンに集中しやすい環境が整う。

落語、映画、ドラマ、舞台、小説。同じ作品を〝鑑賞する〟と言っても、観る場所によってこうも楽しみ方が多様になるのか、入り口はどこからでもいいが、それぞれを見比べる面白さがあると思う。(「志の輔えいが」:本文一部を順序替。)

京都の映画人:河合正二郎のこと

昔々から脚本家結束信二さんが好きだった。出会いは、テレビ時代劇『新選組血風録』1965年~66年 、以来『われら九人の戦鬼』『俺は用心棒シリーズ』『天を斬る』『燃えよ剣』と欠かさず見てきた。

墓所の碑 ( 京都 北山 誠心寺 筆 司馬遼太郎 )

最近YouTubeでこんな番組を知った。


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結束さんの生涯と業績を紡いだ55分。長尺だ。出来るなら時間のあるときに全編ご覧いただきたいところなのだが、とりわけお勧めしたいのが、33:40から44:39あたりまでの11分小さな村のおかしな人たち 連載第五回 手形とカレーライス」=台本の印刷やのおっさんの話だ。騙されたと思って見て貰いたい。

映画という集団制作物、撮影所という小さな村、そこに生きた人物と風景が「沁みる」。(今風に「刺さる」とでも言おうか)