2ペンスの希望

映画言論活動中です

作者≦観客

このところ思うところを忘れないうちに‥(ところどころあちこち脱線するが、そこんところヨロシク)

 

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映画を筆頭に芸術芸能娯楽などの表現文化領域では、作り手(書き手)の精進・努力より、受け手の力能・感受(受感)こそが重大に問われる時代に入って来たんじゃなかろうか、そんな思いが浮かぶ。

映画に限ってのことだが、マシンの進化・デジタル技術によって作ることが容易くなってきたことは確かだ。がその一方、歴史を重ねてきた分、あらゆることは先達によってやりつくされてしまった、そんな思いも募る。「作り易くなったけれど 作り難くなった」という閉塞感・袋小路化がぬぐえない。作家の逼塞・立ち往生。翻って、観客は自由で元気だ。(ただの空元気かもしれないが‥)

作り手(作家・監督)の時代から、受け手(観客・読者)の時代へ。主導権が移りつつある。過度期?

根拠は幾つも浮かぶ。

「答えは一つじゃないし」「選ぶのは受け手だし」「物質として残らないと誰も見られないし、何も残らないし」‥‥。

意思・意志・遺志より、石。墓や碑が最強の記録・記憶メディアであることを改めて思う日々‥。

【この項つづく】

 

 

広報映画『大阪の中の大阪』

五月晴れだが、今日は湿度100%ズブズブの昔話ひとつ。

下水道映画の本を読んでいて、大昔作った大阪市の広報映画のことを想い出した。企画コンペで日本映画新社が受託、その企画構成・演出を担当した。タイトルは『大阪の中の大阪』。(ためしにググってみたが、何も出てこなかった)普段目にすることの少ない都市インフラの集積を描いた30分の記録映画。制作したのは1981~82年だったろうか。

秀吉が作った「太閤下水」や内水対策で当時建設中だった寝屋川の巨大 地下河川(直径9.5m?)などを撮った。小学校の授業で、子供たちに校区のマンホールの種類と数を調べる授業も仕込んで撮った。(ヤラセ!今なら槍玉か?)

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太閤下水

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地下水路

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地下河川(雨水トンネル)

企画にはネタ本があった。デビッド・マコーレイの『アンダーグラウンド』好んで読んでいた本だ。


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出始めだったCG(三次元・ワイヤーフレーム)を作って駒撮りした。地下鉄御堂筋線淀屋橋駅から梅田駅までを地下鉄目線で走り、梅田に届く頃、キャメラは地下から地上に昇り、CGがゆっくりと実写のヘリ映像にオーバーラップしてエンディングになるという趣向。

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 CGを作ってくれたのは、大阪大学工学部笹田剛史研究室の大学院生たちだった。リーダーの澤井健さんは、のちにプラス・ワンという会社を作って建築シミュレーション3DCGのトップランナーとして活動されたが若くして亡くなった。合掌。阪大キャンパスに三日三晩泊まり込んで35mmNCミッチェルで駒撮りした高比良昇キャメラマンもとうの昔に逝った。合掌。映画用に音楽も作曲した。お金が潤沢だったのだ。作曲は宇田川妙さん。(ピアノを弾き作曲も達者な音楽家。小柄だがパワフルなボーカリストでもあった。宇田川の宇+名前の妙=宇妙(うたえ):生来のシンガー。四十年以上会っていないが、ネット情報によると郷里の島根県安来に戻り、今も健在の様子)

いやはやなんとも(家早南友:永井豪だよ。)隔世の感しきり。有為転変。だが、まだまだ。いや、まだまだ。しぶとくいくだけ。じたばたあがくつもり。善人は早死にし、憎まれっ子余に憚る。棄子(すてご)は世に出る、なんてのもあることだし。

本『下水道映画を探検する』

映画にまつわる本はゴマンとある。が、イヤになるほどアタリは少ない。なかで最近読んだクリーン・ヒット一本。とはいえ〈こんなところに目を付けた俺様はエライ〉といったサブカル礼賛の変格自慢・自己満足本ではない。【星海社新書 2016年4月 刊】

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タイトルはいかにも星海社新書らしいキャッチ―さだが、いやいやどうして年季も腰も入った「埋もれた労作」間違いなし。折り紙進呈。

ご興味の向きに、目次を挙げる。

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もとよりなにより直接当たって貰うのが一番。(アマゾンでググると中古本も出てくる)【忠田友幸さんのあとがき】が最良のナビ。

下水道の世界を私が紹介するのは、私が映画好きな下水道に携わる技師であったからだ。俗に言う職業病なのだろうか、就職して下水道の建設に携わるようになると、旅行などで各地に行く度に、土地土地のマンホール蓋が気になった。同じように、映画を観にいくと、スクリーンに時々映る下水道が気になって、そういう作品だけはパンフレットを買っていた。

下水道なんて、たまにしか出てこないが、それでも月日を重ねるのは恐ろしいもので、そのうち下水道登場映画のパンフレットが積み重なって、「こんなにあるんだ」と思うようになった。そうすると、もっと捜してみようと思うのも、人間の性か。映画も映画館で見るだけでなく、VHSとか βといったビデオテープの時代を経て、DVDとかブルーレイの世の中になった。B級映画でも、たくさん見て調べることができる時代へ。調べていると、「こんな描き方をしているのか」とか、「こんな作品にも下水管が出てくるのか」と、見つかる作品もふえてきた。

骨董品を集める方が、人に自慢げに見せたくなるのと同じで、私も人に見せたくなった。病が膏盲に入ってしまったらしい。そこで『月刊下水道』という業界誌に映画紹介の連載をお願いした。その文章に手を入れてまとめたものが、本書である。

66頁にはこうもある。

私の「下水道映画」収集は、骨董などと違って、お金がそれほどかかるわけではない。しかし、逆に金銭的価値がないものは、あっという間に世の中から消えていってしまうものである。で、探すのがより困難になる。

もとより映画は作り物である。現実とは違う。

だからこそ、いい加減な嘘は困る。本物らしくあらねばならない。どこまでも調べ上げて事実に基づいてリアルに‥‥忠田さんの筆は揺るぎない。

環境意識向上を意図して作られ、地球環境映像祭で受賞した映画『川の光』とその原作(松浦寿輝)の嘘(下水管、下水道、下水処理に対する間違った理解・イメージ)に対しても容赦ない。【54頁「下水道への認識不足が残念」】忠田さんは、認識の誤り・間違ったイメージの流布を見逃さない・赦さない。専門家ゆえの誠実さ、その姿勢が貫かれて痛快。

こういうのを本格派という。こういう人こそ本物のプロ、映画人。

忠田さんの連載は今も続いているようだ。

■今日のオマケ忠田さん推奨:下水道映画 不動のベストワン=言わずと知れた『第三の男』ダイジェスト映像。


The Third Man - Trailer with Theme (Anton Karas)

 

 

 

 

 

 

 

竜骨

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戦後最大の思想家とか記念碑的写真集‥なんて御大層な帯の煽りコピー、加えてインテリゲンちゃんのいかにもなコメントには辟易する。けれど、長女:吉本多子(漫画家:ハルノ宵子)の序文は読ませる。

舳先は常に波に対して直角に立てる。

 横っ腹で波を受けては危ない。

 水を掻くのはオールの先端だけで充分だ。

 オールが半分以上濡れているヤツはシロウトだ。

 オールの角度は舟に対して90度まででいい。

 めいっぱいうしろに振るのは力のムダだ。

 波を乗り切るだけじゃない。風の向きと大きな潮の流れにも気を配れ。

 

これは比喩でも何でもない。

まだ中学生だった私が、父から生涯唯一手取り足取りたたき込まれた、"貸しボート屋の息子"直伝のボートの操り方だ。

 他にも、制動・逆送・その場での方向転換などの高度な技術も体が覚えていて、今でもできる。

 時々気まぐれにボートに乗ってみたりするが、父の教えはすべて"海仕様" なので、狭くて平らかな池では技術の発揮しようもなく、近年のグラスファイバー製のボートは"竜骨"が入っていないので、風に流され他人のボートにぶつかるばかりだ。吉田さんの撮る父は、私の知らない貌の父だ。"竜骨"の入った人の貌だ。竜骨が長くて重いほどボートは風に流されないが、操りにくいし方向転換も難しい。

 

 "竜骨" いい言葉だなぁ。

ん?竜骨がわからんって?  勝手に調べてくれ!

 

 

 

 

 

「高瀬泰司とその時代」

今回も備忘録。昨日夕方から京大西部講堂に行ってきた。

「高瀬泰司とその時代」高瀬泰司さんの三十三回忌の催し。

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長椅子、パイプ椅子、平台の上に茣蓙座敷、立ち見でほぼ満員。目分量でざっと四百人超。半数以上はシニアというかロートル(拙管理人もその一員)、半分弱は30代40代50代と思しき人々、20代らしき方々もチラホラ見える。

第一部の映画については、コメントしない。

第二部は、新開純也さんの挨拶「三回忌や七回忌はそれなりに人は集まるが、三十三回忌ともなると人は減りフツウ寂しくなるもの。なのに、これだけの人が集まるのは泰ちゃんの人柄・人間的魅力の為せる業(技?)。参加者の半分以上を占める年配者は何らかの縁のある人でしょうが、生前の泰ちゃんを知らないだろう人々も数多くいる様子で、驚いている。有り難い」と始まった。清々しく真情あふるる言葉‥熱のこもった気持ちのいい会だった。

管理人にとってその昔 白樺派領袖はうっすら憧れる遠くの人だったが、実も情も徳も備えた人であることはすぐわかった。「おもろい」ことをいのちがけでやる人、行儀をわきまえた「自由人」‥‥そんな印象が今もクッキリ残る。

麿赤兒さんのソロ舞踏終わりで、講堂退出。

建て替わり様変わりした西部構内で、とにもかくにも西部講堂だけは五十年生き永らえた、ということ。で、今日は、唄で〆る。

1969年バリ祭、西部講堂で泰ちゃんが熱唱した Otis Reddingの “(Sittin'On)The Dock Of The Bay ”


Sittin' on the dock of the bay + lyrics

 

「いつもそこには考えることの快楽があった」

十年ぶりに本『ドキュメンタリーの海へ 記録映画作家土本典昭との対話』を読んでいる。【現代書館 2008年7月刊】刊行当時に読んでいたが、殆ど忘れている。

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土本さんの映画は何本も見てきた。好きなのも嫌いなのもある。当たり前の話だが。本の末尾に、何が長く映画を作り続けるエネルギー・原動力になったのかを自問自答して、「いつもそこには考えることの快楽があった。」と書いている。

他に今回印象に残った言葉を幾つか‥。

何かを表現しようとする“狙い”のある映像はどんなに稚拙でも面白いが、単に撮れちゃったというレベルの映像は、(時代を経ると)珍しいと思うだけで、現在の時点で観るとつまらない。

一人で撮るのはありだけれど、できるだけ音を考える人と画を考える人とのチームを作るのが理想。音の表現力と画の表現力と自分の思想を三つ巴にする。

スタッフというのは自分以外の最初の観客。

映画はひとりよがりでなきゃできない。でも、それが他者に通用するかどうかは別。だから一緒に作って点検してくれる人がいるのが理想。

至極当たり前のことばかりだか、どれも腑に落ちる。足が地に着いた誠実マット―な実作者だったことが改めてよく分かる。【取るに足りない補足(蛇足?): 表紙写真の口から垂れ出ているのは16ミリポジフィルム。フィルム編集時代には、次につなぎたいカット(ラッシュフィルムといった)を口にくわえて編集するのが当たり前の光景だった。(ノンリニアパソコン編集ではありえない。今眺めればヘンな写真かも)】

「構造」&「時空」  『中国ドキュメンタリー映画論』

佐藤賢さんという若い(といっても1975年生まれだからもうエエおっさんだが)中国文学・映画の研究者の本『中国ドキュメンタリー映画論』を読んだ。【平凡社 2019.2.6.】デジタルビデオカメラ登場以降の中国の独立(インディペンデント)映画を概観した300頁超。

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印象的な記述を二箇所だけピン止め。例によって長いがゴメン。

◆「ドキュメンタリーはドラマ性を語らないわけではなく、プリミティヴな生活にもドラマ性はあるかもしれないしないかもしれず、これは撮影時の運にまかせるほかありません。実際、生活の中にドラマ性に富んだ場面が出現する可能性が欠けているはずはありませんが、それは大事なことではないのです。多くの創作者はこの道理を理解しておらず、彼らは強烈な衝突がドラマ性であり、衝突に欠ければ見てくれがよくないさらには成功ではないと思い違いをしています。私の理解するドラマ性とは構造の問題です。映画の構造が合理的であるか、発展の動機が合理的であるか、転換、衝突は必要であるか、人物の関係、事件の配置が適切であるか、などなど、これらこそがドラマ性を構成する最も根本的なものなのです

【段錦川 談《八廊南街一六号》和《広場》】

◆ 映画『鉄西区』(2003年 545分:第一部:工場240分 第二部:街175分 第三部:鉄路130分)を作った王兵に佐藤が言及した箇所。

確かに、王兵のカメラには、獲物を狙って待ち構えるような視線は感じられない。もっと自由なカメラの視線を感じる。逆に言うと、見る者の視線も制限されることなく、自由であるということだ。それは王兵が、カメラを向ける世界をメッセージ=ことばに還元できてしまうような単純なものとしてみせることなく、多様な世界を多様なものとして見せようとしているからだともいえる。

このことは、日本のドキュメンタリー映画作家・土本典昭王兵へのコメントを想起させる。晩年、土本典昭はインタビューの中で、最近気になったドキュメンタリーを聞かれて、王兵の『鉄西区』を挙げている。土本は、「単純な感動」ではなく、「気になる」とし、自らの「根本の考え方とぶつかるところがとても面白い」と述べる。まず、ビデオによって九時間という長時間の撮影が可能になったことを取り上げ、「映画で根本的に考えなければいけないのは、映画の長さに対する考え方」だと語る。次に『鉄西区』の労働のシーンについて、PR映画で仕事の現場を撮影した経験から、「それがどういう労働なのかが、何回観ても見えてこない」と「労働」が撮れていないと指摘する。そして最も興味深いのが、『鉄西区』は「はじめにシナリオありき、できあがった映画のイメージありき、ではなくて、撮れたものから考えるという非常に今日的な映画」であるという指摘である」(土本典昭 石坂健治『ドキュメンタリーの海へ―記録映画作家土本典昭との対話』現代書館 2008年刊)

 土本の指摘を参考にすると、王兵の方法は、DV(デジタルビデオ)(でじたるびでお)によって可能となった「撮れたものから考える」という撮影を中心としたスタイルであり、事前に、テーマや意図、イメージを持って制限しない、枠付けすることのないスタイルであると考えられる。そのことは王兵にとって「フレーム=画面」がないことと関係があるのだろう。王兵は、「画面」について次のように述べる。

 画面とは映画において実際は存在しないものです。映画にとって画面の意味とは視覚上の平衡を指し、映画には時間と空間しかありません。(朱日坤・万小剛主編『独立紀録―対話中国新鋭導演』北京・中国民族攝影芸術出版社 2005年刊)

さらに、王兵は自らの映画の方法について、長回しとともに「時間と空間が一貫して私の映画における一切の言語の基礎」(同前 著書から)出ると述べている。

つまり、何か外在的なものを設定し、それに基づいてフレームによって世界を切り取り提示するのではなく、「映画=時間と空間」を自立させることこそが王兵にとっては重要なのである。

ここからは、[映画の構成・構造][編集]という二つの課題が浮かび上がってくるのだが‥‥、以下宿題。この項 つづく。


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