2ペンスの希望

映画言論活動中です

居眠り上等

映画は浴びるもの・浸るもの、映画館で観る映画はことさらそうだ。どっぷりと闇に包まれて、なるべくなら武装解除。脳は休ませて、できるだけリラックスして、感覚に身を委ねて、たゆたう方が良さそうだ。さすれば、眠りに落ちるのは至福の極みなのかも。思い出せば、かつての映画館には居眠りしている人をよく見かけたものだ。中にはいびきをかく豪の者も。はた迷惑はなはだしいのだが、ご当人には極上の極楽なのだろう。映画館の中では居眠り上等といきたい。

どこかで濱口竜介君が若い女優さんに言っていた。「眠くなる映画っていい映画なんだよ」(⇐ 『東京物語』に対する誉め言葉だった、と記憶する。「普段見過ごしてしまっていることを丁寧に描いているから」言わんとするニュアンスは分かる。)

もちろん、作り手からすれば、スクリーンに惹きつけて寝かせないぞと精いっぱいの手練手管、緩急自在な技を繰り出し、観客は睡魔と戦いながら受け止める、昔はそんな関係の真剣勝負が繰り広げられていた。今は違う。スマホやモニター画面では、眠くなったらあっさりフリーズ、電源オフ。続きは後で、一旦停止。早送り、巻き戻し、何でもござれ。作り手の手練手管も真剣勝負も一切スルー。殺生与奪権は受け手の手の中に握られてしまった。今更嘆いてもどうにもならないが、随分お手軽。深さの消えた世界になったものだ。

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小川雅章さんの絵

岸政彦さんと柴崎友香さんの共著『大阪』【2021.1.27. 河出書房新社 刊】を読んだ。此花区大正区など大阪の左半分好きを綴った本で面白かったが、既視感があって驚きはなかった。メッケものは、小川雅章さんの装画。

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不意打ちだった。一瞬に子供の頃の空気・匂いが蘇ってきた。そうだったよなぁ、砂利道に水溜りだったよなぁ、ひんやりした風には金属の味が混じっていたりしたよな。

おもわずググッてしまった。小川さんは、永らくアメ村近くで「楽天食堂」という町中華のお店をやってきた料理人でもあるようだ。近所にあった原っぱや工場が懐かしいという向きにはオススメ ⇒  小川雅章*WEBSITE

没後十年

友人の映画監督が亡くなって十年が過ぎた。関西のミニシアターの館主さんが12月に「特集上映」を企画してくれる。野村惠一監督。1946.7.5~2011.3.12.

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相米慎二監督のように「日本映画史に大文字で語り継がれる」監督ではない。東京に背を向け、故郷京都で「小文字でひっそりと5本の劇映画を作って」逝った。12月11日から一週間、大阪九条のシネ・ヌーヴォで全作品を上映する。特集に向けたチラシを準備中だ。出来上がったら、また書く。

没後二十年

没後二十年を経て衰えず人気の高い相米慎二監督の記念本『相米慎二という未来』を読んだ。

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「映画ジャーナリスト」金原由佳さんが中心になって、スタッフや役者・関係者の「回想・証言」に加えて「会ったことも仕事をしたこともない」若い監督や役者への取材で構成したインタビュー本だ。

相米を過去形にしないで、後に続く世代とりわけ監督志望役者志望の諸君に向けた「テキスト」「教則本」を作りたかったという意図はよく分かるが、初級入門書ではなく、中級か上級向けの本だった。早とちりや勘違いが出て来る「取扱注意」物件ということ。間違えば「礼賛祝詞」本になりかねない。それでも本にする意味・意義は大きい。無数に出る学者研究者の映画研究本よりずっと示唆的・実践的であることは確かだ。

印象に残った箇所は幾つもあるが、少々。

脚本は空気が書いてあることが大事なんだと、現場で脚本を書け、が口癖

自分で考えてやれ。俺はそれに○か✕を出すだけ

大切なのは誰と何をやるかだ

「このシーンの何を見ようか」は観客が選択することである。見ることの主導権は常に観客にあり

自分のスタイルは文体だけで、それ以外のことで自分を表現しようとか、何かを残そうというのは全くなかったと思う

 

「杭を一本打って、後の作業はスタッフと役者でどうぞ。監督は〇か✕かを出すだけ。責任は俺が持つ。画面のどこを見るかは観客が決める」そんな監督だったのだろうな、きっと。

「臆病で用心深く、けど、観察力抜群」だったんだろうな、たぶん。

芯や核を忘れて、形だけマネしても何も始まらないことを胸に刻んで、周りをしっかり睨んで、腕を磨くことを願う。

映画館 新景 文化? 道楽!

映画館はミニからマイクロへ、目利きビジネスから貸館三毛作モデルへ。映画館はどこに向かうのだろうか。

その昔、「文化」は、王様や貴族らがパトロンとなって庇護され育ってきた。やがて、市民社会が支持し普及発展し文化営為は事業・ビジネスになっていった。ザックリすぎるがそんな流れだろうか。文化の片隅・映画の世界をうろつき多少とも「娯楽の王様」と持て囃されてきた時代を知る身としては、作るのも、見るのも、見せるのもどう進んでいくのか、気になって仕方がない。

機材の安価軽便化で「作りやすくなった」作る側が家内制手工業に戻るなら、見せる側だって「お手軽・安直な」家内制手興行になっていってもいいんじゃなかろうか、

映画館 新景、次なるイメージは、町内の映画寄席。映画温泉。

江戸時代から明治にかけては数寄者・好事家たちが開く町内寄席が盛んだったようだ。それは、儲かるものでも事業でもなかった。儲かるというより、楽しいとか気持ちいいとか、娯楽・道楽・慰安。なくなったらどこか寂しい・ちょっと味気ない・何か物足りない‥そんなささやかな動機がはたらいてのことだろう。定期的に開かれてきたご近所寄席が一旦絶滅し、いまささやかに復活しつつあるという話を聞いた。内湯の浸透普及で姿を消した銭湯もスーパー銭湯としてよみがえりつつあるみたいだ。

映画の定席。映画銭湯。

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「映像文化を守れ」とか「映画の灯を消すな」と大上段に構えるのは趣味じゃない。よって「映画道楽を延命させよう」と小さな声で呟いてみる。文化なんて御大層なもんじゃない。単なる大人の映画道楽。

 

映画館 新景  貸館 三毛作

ライブハウス、貸しスタジオは今 「三毛作」ビジネスなのだという話を聞いた。昼間は、まだほとんど無名の様々なアイドルグループ、夜は各種ロックバンド、夜中はヒップホップ、で棲み分け、稼ぐというわけだ。そういえば、ミニシアターのプログラム編成も「三毛作」だと言えなくもない。午前中は、シニア・ロートル向け、昼から夕方にかけては、比較的メジャーだがシネコンでは敬遠する洋画系中心に韓流、BLやおい系までを多彩にラインナップ、夜はカルトファン、とんがりマニア向けの「エッジの効いた」「攻めた一本」で勝負、といった並びかた。同じ映画館でも時間帯によって、客層も雰囲気も全く違っている。

これって、ギャラリーやレンタルスペースみたい。箱貸し、貸館ビジネス。悪いと言ってるわけじゃないけど、細切れ・小粒化ビジネスにならざるを得ない。

数年まえに、奈良に出来たシェアシアターならまちシアター「青丹座」について書いた

レンタル映画館 の検索結果 - 2ペンスの希望

場所を変え、リニューアルし、多少料金を変えて今も健在のようだ。

神戸 新長田には「神戸映画資料館」がある。以前から貸館営業をしている。

施設案内 | 神戸映画資料館

京都 五条には「ルーメンギャラリー」がある。

Lumen Gallery - EQUIPMENTS

日本全国探せば、もっと沢山あることだろう。

f:id:kobe-yama:20211013113816j:plain貸映画館・貸映画廊‥‥サブスク時代に逆行するかのごとくな試みだが、映画館世代としては、そのビジネスモデル・成功事例報告を待ち望んでいる。

もっとも、ネット・メディアの無責任・プラットフォームの場所貸し商法は困りもの、我々は場所を提供しただけ、中身内容コンテンツの正邪・良否は関知せず、ノータッチの放置プレイではいただけない。信用信頼を得て常連さんが通ってくれるかどうか、気のいいオーナーと筋のいい利用者、両者が揃うことが大前提になるだろう。

 

 

映画館 新景 マイクロ シアター

映画を観る場所はどうなっていくのだろうか? ミニシアターの行く末は?

余計なお世話だが、そんなことをつらつら考えていたら、こんな未来を妄想した。ミニシアターはいつかきっともっともっと小振り小型になってマイクロシアターになっていくんじゃなかろうか。

年配の方ならきっとご存知だろうが、昔 日本全国いたるところにjazz喫茶や名曲喫茶があった。家庭用装置が普及する以前、整った音響設備で質のよい音楽を聞かせる音楽喫茶が、盛り場だけでなくちょっとした町のあちこちに存在した。

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京都荒神口にあった喫茶店

映画館は、かつてのjazz喫茶や名曲喫茶のようになっていくんじゃなかろうか、そして、ご近所に「小さな小さな映画を観るスペースが山ほど出来る」んじゃなかろうか。全国津々浦々にマイクロシアター‥そんな未来を想像した。もとより何の根拠もない。単なる映画好きの夢想・暴走だ。けど、数日前に、こんな記事を読んだ。

湯梨浜の廃校でミニ映画館移住夫婦、開設目指す | 山陰中央新報デジタル

こんな記事もあった。

移住した町には映画館がない だから作る、30代の夫婦:朝日新聞デジタル

鳥取県湯梨浜町には出掛けたことがある。汽水湖がある土地だ。空が高く広い。HPも見つけたので読んでみた。

jig-theater.tumblr.com

いいなぁ。「jig治具」というネーミングも「「戸惑い」を案内する映画館でありたい」という志も素敵だ。映画館専業なんて望むべくもないし、そんなつもりは端からないことだろう。長く永く続くことを願う。

機会があれば是非訪ねてみたい。

どんな算段・事業設計を目論むのか、胸算用、皮算用も訊ねてみたい。