2ペンスの希望

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アニメと実写

木皿泉さんの本を読んでいたら、こんなくだりがあった【2013年4月KAWADE夢ムック別冊文藝「木皿泉」】(木皿さんは神戸在住の脚本家ユニット=二人組だ。ラジオドラマから出発してテレビドラマを手掛け、最近は小説も書く。)
依頼されて初めてアニメの脚本を書いたときの経験談
妻鹿年季子(♀ユニットのお一人):‥テレビの世界だと、ふつう、1分の映像が四百字詰め原稿用紙1枚なんですよ。私たちはそれが常識だと思ってたんですよね。今回のアニメ映画は短くて、60分くらいのものなんですけど、最初、脚本が50枚くらいしか書けなかったんですね。それでも私は、50分はあるだろうと思っていたら「27分しかありません」って言われて(笑)!結局、役者さんは人間だから行動するのに時間がかかるけど、アニメは、たとえばお茶を飲むのも全部アニメーターが自分のリズムで省略してしまえる。そういう何でもない仕草って、やっぱり実写じゃないともたないですよね。(中略)結局110枚くらい書かされて(笑)。‥
アニメでは、無駄な部分がカットされ、同じ量の脚本が短くなってしまうという話。
一見して意味のなさそうなくだりは割愛され、必要なものしか描かない。脚本家が感じた演出のふるまい、表現の生理の違いの指摘が面白かった。
作り手が無意識な余剰・余白・余韻に託すものと、受け手がそこに想像力を働かせ感じ取っていくもの、そのズレと符合・せめぎ合いが表現(映画)の醍醐味だと思ってやってきた。
過不足無き説明・意味のあるものだけを重ねるアニメには、余地がない。
拙のアニメ敬遠は、このあたりが原因かもしれない。