2ペンスの希望

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パン猪狩

PCがクラッシュしたお陰で、この一月いつもより多く本を読んだり昔の映画を見てきた。もっともPCがあろうがなかろうが、映画と本の日々に然したる変わりはないのだが‥。なかで、放送作家滝大作さんが書いた『パン猪狩の裏街道中膝栗毛』【白水社1986年8月刊】がスコブル面白かった。数ヶ月前「口笛文庫」という古本屋さんで見つけ、買いながら放っておいた本だ。
パン猪狩は、早野凡平世志凡太の師匠であり、東京コミックショーのショパン猪狩の兄貴だ。そう書いても知る人は少なくなった。1916年に生まれ1986年11月に亡くなった舞台芸人である。パントマイムについて本の中にこうあった。
パントマイムって、ちょっとした動きの裏では随分しゃべってるんですねぇと感想を述べると、パンさんは大きくうなづいた。
「そう、言葉がぎっしり詰まってないと指一本動かせないのがパントマイム。だから子供にはできないの」
フジテレビ「花王名人劇場」の舞台中継に出たときのやりとり。
出て来た途端に拍手が起きると、「駄目、芸人をあまやかしちゃ、何か演ってから拍手してチョーダイと居直ったふりをしてみせたり、いよいよネタに入って客の目が一身に集中すると、「そんなにこっちを見ないで。どうせたいしたことを演るんじゃないんだから」
本の冒頭 滝さんの口上。
昔から表街道の芸は、薄味でコクがないものと相場がきまっている。表街道を支配する市民良識とやらに迎合して、毒と薬を消してしまうからである。毒とはいかがわしさであり、薬とは難解さだ。
もともと芸能事は、相当部分、いかがわしさと難解さから成り立っている。決して、健全かつわかりやすいものではない。だから、毒と薬を抜いた表街道芸が、病人食のように薄味でコクがないのは至極当然なのである。

色川武大さんが書いている序文も良かった。
パンさんは、一人言を絶えまなく言うが、けっして説明しようとしない。たとえ客席が湧かなくても、そこだけは頑としてゆずらない。
“やっぱり、わかるってことが前提だがなァ―”
“わかったって、どうだってんだ。面白くなきゃしょうがねえや”
“わからなきゃ、面白くないな”
“全部わからなくていいの。ときどき、ひょいと感じて、共感してくれりゃいい”

いろいろご意見はあろう。けれどパンさんは、誰でもが持っている常識からこぼれおちる、常識のはざまみたいなところを絵にしたいのだ。」(引用:原文のまま)