2ペンスの希望

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研究者:御園生涼子さんの本 

御園生涼子さんの本『映画の声 戦後日本映画と私たち』【みすず書房 2016年10月 刊】を読んだ。
久し振りに研究者の底力を感じた。優れた研究論文は、作者(オーサー、フィルムメーカー)の意図・意識・計算・作為(作意)を超えて、予期せざる深層にまで垂鉛(錘:おもり)を下ろし、井戸を掘る。研究者が実作者を追い越してはるか遠く先まで行ってしまうことがあるのだ。
侮るべからず。
右に挙げた表紙の写真は、大島渚の映画『儀式』から。地面に耳を当て、生き埋めのまま満州に置き去りしてきた幼い弟の声を聴こうとしている主人公:少年時代の満洲男の姿はそのまま映画の声を聴こうと耳を澄ます御園生さんの姿勢にWる。
出来の悪い感想作文や印象批評の類ばかり読まされてうんざりしてきた身には、この本は小気味よい刺激だった。素材や主題ではなく、映画自体、映画を映画たらしめている本源を見据え、腹の座った、腰の入った仕事に触れるのは、気持ちよい。
ご興味の向きは、現物に当たってもらえればいいのだが、御園生さんの映画との出会いを綴った一節を以下に少々。拙管理人は、やわらかく初々しく感じたのだが如何?

オオシマナギサを追悼する――常にいつもそこにいる運命的な「他者」に向って
御園生涼子

「スパイだ!スパイがいるぞ!」この台詞に導かれて、記憶は大島渚の世界に初めて触れた頃へと戻っていく。大学生?いやもう修士に入っていたのか。なぜそこまで足を運んだのだかわからないが(ツタヤでビデオを借りることができたのに)、多摩の方角にあるやけに立派な文化施設へ、『日本の夜と霧』を観に行ったのだった。まだ「オオシマナギサ」という名前さえ、映画史の中でうまく飲み込めていない頃だ。その時何を思ってあの作品を観ていたのかはわからないが、なぜか、理由もなく、「この映画だ」、と思ったのだった。どういう主旨の上映会だったのか、観客もまばらで、帰り道、都下の中都市にありがちなつるつるとした触感の石でできただだっ広い階段を下りながら、その時のわたしは、「興奮」していた、のだろうか?いや、むしろ、「囚われた」という感覚が手や足にじりじりと残っている。‥‥‥ つづき・全文は、次のウエブページで読める。
http://blog.livedoor.jp/boid/archives/6255496.html
ちなみに、御園生さんは、1975年生まれ。
60年安保も同時代者としての大島渚も知らない若い世代だ。さらにこれも本で初めて知ったのだが、2015年6月に40歳で亡くなっている。
「いま・ここ」になくとも、「かつて・そこに・あった」し、「いつも・そこに・いる」映画
映画という魔。
当ブログは、来年も続ける。ゆっくり、ゆっくり。
ヨタヨタ、よぼよぼだが、作ること、見ること、考えることの三位一体を掘る。