2ペンスの希望

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『眼光戦線』

鈴木志郎康さんという詩人がいる。
映画好きで若い頃はNHKキャメラマンをしていたが阿呆らしくなったのか早くに辞め、以来長らく「極私的」映画作りに取り組んで現在に至る。その昔、友人の春木一端さんと組んで、空想的なというか、虚構的な映画批評のパンフレット『眼光戦線』を出していた。1968年10月から69午の11月までに十三冊発行された。当時面白がって読んでいたのを思い出した。その最終号を紹介する。
鈴木さん自身が何処かのインタビューで答えていた記事からの抜粋引用。
『眼光戦線』十三号<特集『男はつらいよ・女は度胸』>。
目次は<全国横断職人さん組合結成大会決議(案)■全国横断職人さん組合結成準備会議事録  ■自分だけいい思いをしようとする奴を殺せ! 丸川ひとし>というのである。勿論、こんな組合がある筈もないし、そんな準備会があったわけでもない。すべて、私と友人とででっち上げたのだった。ちなみに、森崎さんの映画に刺激されて作った“決議案”なるものがどういうものか、ここに書きうつしてみると、
あッしらは集まろうじやぁねえか。何でもいい、道具持って、鍋釜持って、カカァ連れてる奴も、赤ん坊おぶって、子供の手ぇ引いて集まって来い。あッしらは世の中のヒーロである。せっかく集まったら、気分を盛り上げなくちゃいけねえぞ。
 一ツ、あッしらはお互げえに人間のからだが出来ることは文句をいわずにすべてやってみる。娘に親父が子供を生ませても別に悪いことねぇや。無理無体に他人を殺すのとはわけがちがわア。
 一ツ、あッしらは生きるにゃア、お互げえに助けなきゃアならねえが、助けるっていっても、相手が死にたきゃ殺してやる位でなきアいけねぇし、その上仲間が飢え死にしそうのときゃ、俺のからだの肉を食つても生き伸びてくれ、といえねえようじゃいけねぇや。
 一ツ、あッしらはお互げえに上んなつたり、下になつたり、いいこという奴のことはきき、くだらねえことはいわない。上も下もねえというのは人間のすることじゃないね。
 一ツ、あッしらはとにかく納得しねぇことにゃア、何ひとつとしてやらねえぞ。
 一ツ、あッしらは仕事をするときゃ、一番能力のな いものに合わせてやるようにする。仕事というものは ひとつひとつやって、親から子、子から孫とやつてい くうちにゃあ、ちゃんと出来るものだ。
というような、要するに映画から学んだものだった。
 そして、準備会に出席してくる人たちの職業の一部をあげると、 <自由労務者、チリガミ交換業、東京港重油しゃくい業、移動露店業、街頭雨傘修理業等々>となっている。また、その準備会での各々の発言というのを、万才調のシナリオのようにでっち上げたのだった。
原文ママ
 
ことほど左様に、「完全な虚構」だが、「自分達の一番過激なものをどこまで出せるか映画批評でやってみよう」という試みは、今でも(今では?)貴重だ。
感心したのは、次の一節。なかなかここまで言い切れるものではない。
 一ツ、あッしらは生きるにゃア、お互げえに助けなきゃアならねえが、助けるっていっても、相手が死にたきゃ殺してやる位でなきアいけねぇし、その上仲間が飢え死にしそうのときゃ、俺のからだの肉を食つても生き伸びてくれ、といえねえようじゃいけねぇや。