2ペンスの希望

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があること、空間があること、があること、容れ物があること、
容器」の重要性に改めて気付かされる。
舞台があること・舞台装置の必要性と言いかえてもよい。
たとえその中身がいかにたどたどしく、幼くあっても「場=容器」そのものまで否定してはいけない。
(なにやら抽象的なものの言い方で恐縮だが、そんなことを思っている。)
その世界ではそれなりに知られた「雑誌」の話。十数年前にメールマガジンとしてスタートし、今は紙での発行も進めている。正直、内容は玉石混交、がっかりするような記事や話題も多い。そもそも雑誌なんてそんなもの、水準を求める方が間違い。そうはわかっていても無いものねだりをしてしまいがちだ。しかし、当の雑誌(場・空間・形・容器)そのものを無くしたのでは元も子もない。 失ってからでは遅すぎる。 後の祭り。
(今日は、メディア=媒体という言葉を意識的に使わないで書く。)
「場」とは比喩ではない。もっと物理的・物質的・実体的なものだ。
身体を動かすこと、時間とお金を使うこと。そのことでしか身につかないこと(もの)があるのだ。(う〜ん、やっぱり、まだ判りにくいか。も少しこなれて分かり易く書けるようになったら、再説予定。ということにしておく。)