2ペンスの希望

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続「フリッカー」

昨日に続いて、セオドア・ローザック『フリッカー、あるいは映画の魔』から。
映画は人類の所産にあって、もっともデリケートなものである。紙片や羊皮紙はわりと安価に償えるし、彫刻なら数世紀、建築物なら千年は生き長らえる。しかし、映画がかろうじてしがみついているセルロイドの帯は数知れない消滅の危険にさらされている。
それを複製して保存するにしても、いまなお興行的に生き残りの代価を稼げる小数のフィルムをのぞいてコストがあまりに高くつく。

映画の保存は、今もって決定打を欠いたままだ。ま、一方で、滅びに任せよ、という悪魔の声も聞こえてくるが‥。