2ペンスの希望

映画言論活動中です

ありがたくも うんざり

現代は、膨大なストックが目の前に堆積している時代である。
昔なら通り過ぎていったものが、山のように溜まっている。一人の人間が一生掛かっても見切れない量だ。
有り難くもあり、うんざりもする。
拙も含めオールド世代は、「最近の若い衆は自分の目で選び体を動かすことをしない、軟弱・根性なしだ」と叱責・慨嘆しがちだが、先達の御ススメガイドや失敗しない選び方マニュアルなどが重宝されるのも無理からぬことなのかもしれない。いつの時代にも、若い人たちにとって、限られた時間とお金をどう使うかは、切実で深刻な問題だ。そしてそれは、かつてないほど難しくなっているのだろう。
ニコ動周辺で「最強の自宅警備員」と人気らしい石岡良治さんは、「情報の「捨て方」、いつ「消化」するかが問題だ」と指摘する。【『視覚文化「超」講義』 フィルムアート社2014年6月24日 刊】
スピードアップと賞味期限の短命化という課題もある。
ここでも石岡さんは「減速や離脱をすすめるのではなく、速度の可変性、緩急への対応」を説き、「スピードとリズムの尺度の複数化、複数の時間性を生きる」よう提案している。巻末では「アクセルとブレーキだけでなく、ギアチェンジの技法を加えて向き合え」とのメタファーを掲げ「アチェンジの多様なあり方を具体的に提示していきたい」と語る。車の運転免許を持たない身としては、「ギアチェンジ」の意味理解は覚束ないが、「加速か減速か、受容か抵抗か、賛成か反対か、アレかコレか」の二項対立ではなく、別の座標軸を立てることで、新しい視点を示したい」という意欲だけは伝わってくる。 暫くは頭を低くして耳を傾けていきたい。(どなたか、石岡講義を分かり易くご教示いただければ有り難いのだが‥)ロートルではあるが、「昔は良かった」「俺たちの時代は‥‥」と勝ち逃げに走ることだけは、したくない。それは、はしたないことだ。