2ペンスの希望

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一筆書き

「一筆書き」みたいな映画しか生まれなくなっている(ような気がする)。思い付きのワンアイディア。お手軽仕立ての促成栽培。見てくれは鮮やかだが、いかにも小ぶり・小粒。腹持ちも悪く、食べた気がしない。味も香りもしゃしゃりもない。歯ざわりも歯応えもゼロ、苦味も渋みも端から抜いてある。そんなお前はウエハースか。それでも映画、作った人たちと周囲の関係者は、お祭り騒ぎ。コップの中の嵐からは、何も起こらない。何も変わらない。
切実で、高度で、戦略的な映画は何処にいったのだろうか。
丹念に吟味し、周到に準備を重ねた映画が少なくなった。もっとも苦節何年この道ウン十年というのも考えもの、それがどうしたというしかないのだが‥。さらに悩ましいのは、準備も何もあったもんじゃない、勢いのみの映画が時としてオオバケすることだ。それが映画の怖さである。(最近ではとんとお目にかからなくなったが、音楽の世界では、数年に一回、オオバケするような怪物的なヒット曲が生まれてきた。)これまたやっかい、「一筋縄」ではいかない。
それでもやりたい衆は次々に登場する。勝手に作る。結果、山のように映画が出来る。いや映画もどきのマガイモノが‥。繰り返すが、これが希望なのか悪夢なのか。俄かには判定できない。当分は、五里霧中、暗中模索の日々が続く。間違いなく。いたちごっこの無限連鎖。だれか断ち切ってくれないかなぁ。