2ペンスの希望

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自由のはずが窮屈

技術の進化で、色んな映画が作られるようになった。見方・見られ方も多様化している。
それなのに、みんなとても窮屈そうに見えて仕方が無い。
映画の作り方作られ方も見方ももっともっとハチャメチャ、自由でいいんじゃなかろうか。教科書どおり、マニュアル・先例に倣って、と皆さんお行儀が良い。良すぎる。
恥はかきたくない、恥ずかしいものは作りたくない。そんな思いが強すぎるようだ。
勉強熱心がいけない訳は決してない。が、先人・巨匠をリスペクトするあまり拝跪して‥オマージュとして作りましたなんていわなくてもいいのに。面白かったのでパクリました、「いただき」ゴメン、それで良いと思う。これまでだってそうだったし、そういう中から「新しい」映画は生まれてきた。
見る方だってそうだ。
完全防音・空調の整ったふかふかシートでも、豪華なホームシアターでも悪くはないが、風に吹かれ蚊に悩まされながらの野外映画会、寝転がってビール片手のお座敷映画会、どんな見られ方をしようと、映画に力さえあれば、惹きつけられてハラハラドキドキ見入ってしまうに違いない。完全無欠の100点満点の環境を求めすぎてはいけない。無菌室から生まれる衛生的な何かより、雑菌だらけの中で育つものをこそ応援したい。はみ出しモノに期待したい。何でもありをオススメしたい。