正統と異端は主従の関係にあるわけじゃない。そう思ってる。
要は「深浅」であり、「新鮮」かどうかだ。
大通りの大店だって、ちゃちな底の浅い商品もあれば、裏通りの個店で結構な良品に出会うことだってある。歴史と伝統にあぐらをかいて、旧態依然・見てくれの看板・包装紙だけで商売を続けるところもあれば、時代の先を走り新しく鮮やかな風が生まれることもある。
不易流行:「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」
芭蕉さんはやっぱり大したもんだ。古びない。瑞々しい。
「正統なき異端しかない」そう言われて久しい日本映画だが、作る側も見る側も今一度「深浅」と「新鮮」を尺度に出直してみてはどうだろう。