井上雅雄 著『企業経営史からたどる戦後日本映画史』【2022.09.22. 新曜社 刊】からもうひとつ。
井上経済学博士が、経営体としての映画会社解明の中心に据えたのは「大映」だった。「はじめに」から引く。
「‥‥看過してはならないのは、これら一流の監督たちの演出意図を映画の「表現」として実現した大映の撮影現場の力である。
小津安二郎の唯一の大映作品『浮草』(一九五九年)は小津が一九三四年松竹蒲田で撮った『浮草物語』のリメイク版であるが、ストーリー展開の基本は両作品とも大きく異なるところはないものの、松竹版は時代背景もあって全体にスタティックかつ地味であり、どちらかといえば暗い色調に貫かれているのに対して、大映版の方は躍動感に満ちて快活であり、明るい画面展開が特徴的である。、同じ監督の、ほぼ同じ脚本によるにもかかわらず別作品と見間違うほどに表現された明白な違いは、むろん小津の演出技法の差異によるのであるが、それだけではない。大映版が京マチ子や中村鴈治郎などの俳優をはじめ、宮川一夫のカメラ、下河原友雄の美術など技術スタッフすべてを基本的に大映所属の人材に依拠した結果でもあるという点が注目されるべきであろう。すなわち小津の演出技法―演出力を映画的「表現」として実現し実体化した大映東京撮影所の現場の力-「現場力」こそが両作品の違いを決定づけた重要な要因であったのであり、小津の静謐なまなざしさえも、大映の撮影現場のダイナミズムに触れると、かくも変容するのかという驚きがそこにはあった。‥‥」
異存はない。
リメイク版であることに間違いない。ただ脚本執筆者は違う。松竹版は池田忠雄、大映版は野田高梧小津安二郎、(細かなことだが「喜八」と「駒十郎」主人公の役名も違う。)
かたやモノクロ、かたや総天然色(アグファカラー)。
長さは 89分と119分。風合いも味付けも異なる。
ここから先は、評価や好みが別れるところだが、華麗でダイナミックな作調を良しとするか、抑えたさりげなさの深さを選ぶか、上下や点数で測れない。計り知れない。
戦前松竹蒲田撮影所の「現場力」だって大したものだったことは、映画を見れば分ることだろう。有り難いことに、DVDやネット配信のおかげで、映画の生命は時代を超えて活き続けることが出来る。
そんなことはきっと百も承知での、井上博士の「勇み足」だろう。
けど、老害意地悪爺さん、ちょっと「イチャモン」「揚げ足」取っちゃった。