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本『企業経営史からたどる戦後日本映画史』

井上雅雄 著『企業経営史からたどる戦後日本映画史』【2022.09.22. 新曜社 刊】を読んでいる。

1945年生まれの経済学博士が、財務諸表などの経営指標を引きながら、企業体としての映画会社・映画産業を読み解いた本だ。「はじめに」にこうある。

これまでの日本の映画研究は、作品論・作家論などのテクスト分析を中心とした表象論的アプローチが中心であり、映画の産業としての構造や機能などその社会経済的な側面に注目した研究は決して多くはないのが実情である。‥(中略)‥ しかしすでにそれが学術的研究として確立された今日においては、この偏り・欠落は正されなければならない。本書が、製作・配給・興行の各部門から構成される

映画の産業組織・産業構造の実態、大映を中心とした映画各社の企業経営と企業間競争の動態、映画業界と対政府間関係など外部組織との様態など、この産業の特徴的側面に照準を当てて、日本映画産業の繁栄と危機の実態に迫ろうとするゆえんである。

JSPS科研費による研究成果を纏めた五百頁強、厚くて重くて高い本だが、すこぶるユニークで面白い。(そんじょそこらのお手軽映画本とは大違い)

時間と懐(ふところ)に余裕の向きは直接購読がおススメだが、今日は少々「さわり」を特別公開。

映画産業は、1960年代テレビの普及で衰退したというのが通説だが、実は凋落は既に1950年代初め 占領終結から始まっていた。

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1951年に占領が終わると急激に洋画の買い付け・調達料金が跳ね上がり、自分たちで作らないと立ちゆかなくなってきた。加えて新東宝・日活が製作に新規参入して競争激化。二本立て製作の常態化。

観客動員も映画館数も右肩上がりだったが、1951年9月時点で、映画常設館のうち配給大手三社(松竹・東宝・日活)の直営館は5.1%、系列含む会社組織による経営は26.9%、残りは個人経営68.0%であり、資本面では直営・系列は3割程度しかなかった。つまりは、製作・配給・興行を垂直統合する 我が国のブロックブッキング制の基盤は脆弱だった。

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地方の下番線と呼ばれる封切館ではない映画館・個人経営の映画館オーナーの裁量から、客を呼び込むため二本立て興行が増大していく。しかし、当たり前だが二本立てにしたところで映画館の一日の営業時間が伸びるわけではない。二本立てになって上映時間が伸びれば客の回転が悪くなり、売上は思うほどには伸びない。観客数は引き続き増加しているが、経営環境は悪化の一途、1950年代には映画産業は自転車操業映画館の8割は赤字経営テレビの登場・普及はそこにトドメを刺しただけのことだ。

(太字強調は引用者)

ほぼ同時代を生きてきたプログラムピクチャー育ちの管理人には、ことごとくよく解かる。つぶさに腑に落ちる。座布団三枚。いや、いまどきならイイねスタンプ四つかな。