2ペンスの希望

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納豆のまぜ加減

三浦しをんさんの小説は幾つか読んできた。

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どれも丁寧な仕事ぶりで後味爽やか、ハズレのない洋食屋さんといった趣、そう思ってたら、こんなエッセイ本を見つけた。

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『マナーはいらない 小説の書きかた講座 【2020年11月10日 集英社 刊】もとは短編小説新人賞の選考委員を長く務めてきた縁で、編集部から勧められ手Webマガジンに連載されてきたものだ。連載時のタイトル=プチアドバイスが、単行本では結構 盛られて大げさ啖呵仕様になっているが、 大上段に構えた大家の教科書・教則本ではない。肩の凝らない気軽お手軽なエッセイ本だ。「お庭」「綿あめ」「水泳選手(肺活量)」「中二感」‥と巧みな比喩で読ませる。(文中には、「「比喩の三浦」と呼ばれる俺としたことが‥‥」なんてご自身のボケツッコミ芸も出てきて楽しい。)

映画シナリオの実践的アドバイスにもなりそうでオススメだ。

映画の世界でもたびたび論議になる「描写と説明について」、「納豆」を比喩にこんなことに書いている。

はじめて書いた小説(『格闘する者に〇(まる)』)の原稿を、当時お世話になっていたエージェントのかたが読んでくださり、「これは描写ではなく説明になってしまってますね」と指摘されたことがありました。正確な文章は忘れましたが、こういう感じの個所でした。

外はいいお天気だというのに、私はこうして足の痺(しび)れと戦って  いる。窓が切り取った空をぼんやりと眺め、それから室内に視線を戻した。

「『いいお天気』が問題です」と指摘を受け、「そうか、小説ってのは描写が肝心なんだな」と気づくことができました。直して、実際に本として出版されたのは、こういう文章です。

外は五月晴れというのが本当にふさわしい、「宇宙直結」のお天気だというのに、私はこうして足の痺(しび)れと戦って  いる。窓が切り取った空をぼんやりと眺め、それから室内に視線を戻した。

いまになってみるとあまりいい描写とも思えませんが、修正した原稿をお見せしたところ、エージェントのかたは、「そうです!こういうことです!」ととても喜んでくださいました。

以降、「『面倒だな』と逃げたくなっても踏ん張って、なるべく的確に、さりげなく、いい塩梅で描写を重ねよう」と心がけています。‥(中略)‥どうか粘り強く、描写を重ねてください。でも、粘りすぎると描写ばかりで話しがさきに進まず、くどくなってしまうので、さりげない按配を探って下さい‥‥。 ‥(中略)‥

過剰に描写して「納豆の糸引きが強すぎて三日間ぐらい口のなかがねっちりしてる」とか、説明ばっかりになってしまって「納豆の買い置きがなく、泣きながら白米のみをむさぼり食う」などの失敗を、だれしもが経験して大人(?)になるのです。めげることなく、描写の度合いや分量や頻度の微調整をしていっていただければと願っております。(「十八皿目●描写と説明について」 太字は引用者)

ラストの書き下ろし「二十四皿目・プロデビュー後について」には、「そういえば私、小説の書きかた的な本を読んだことがない。ずっと自己流で小説を書いてきたことがばれてしまった‥‥。」と書き、「読んだことのあるたぶん唯一の手引書は『スクリプトドクターの脚本教室・初級篇』と『中級篇』(三宅隆太・新書館」を挙げていた。この三宅本、当ブログでも2017年7月に書いていることを思い出した。(プチ自慢 !?)

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