田村優子さんの本『場末のシネマパラダイス』からもうひとつ。田村さんの文章を借りながら抜粋 紹介してみる。長くなるがご辛抱。
「本宮方式映画教室のこと」
「じつは本宮町（現・本宮市）にはちょっと珍しい映画の歴史がある。「本宮方式映画教室」である。
昭和三十年代初め、太陽族と呼ばれる若者たちが社会の問題となる。映画でも不良っぽい太陽族映画が作られだした。町中に貼られる不良映画のポスターは、当時、かなり刺激的だったのだろう。
青少年への影響を心配した真面目なお母ちゃんたちは、子どもの教育上よろしくないと立ち上がった。「悪い映画は上映しないでほしい」と本宮町にある二つの映画館、当劇場と中央館に猛抗議。
現実はワルな映画、エロ・グロ映画ほど、映画館には経営の支えなのだ。それら映画を辞めて、教育的映画だけを上映するのは、死活問題である。そんな映画興行界の当たり前のことを知らないお母ちゃんたち。
その熱意によって、保護者と学校と地元映画館が協力して、よい映画を積極的に子どもたちに観せるための映画教室が行われるようになる。「本宮方式映画教室」である。数年後、吉村公三郎監督をむかえ、『こころの山脈』という本宮を舞台にした映画が製作され、昭和四一(一九六六）年二月には東宝系で全国上映にいたる。
お母ちゃんたちの行動力には、頭が下がる。
当時、その本宮方式映画教室を引き受けた映画館は、わが本宮映画劇場だった‥‥。といいたいところですが‥‥。
そんなお母ちゃんたちの意見なんか聞いていられるかと、ずっとマイペースにワル映画、エロ・グロ映画を上映していたのが当劇場です。もちろん良い映画だって上映していた。
お母ちゃんたちが騒ぎ出したこと、本宮映画劇場も会合に呼ばれ、当時支配人の山口さんが参加した。
「田村（引用者注：当時「本宮映画劇場」は地元では「田村」と呼ばれていた）はログな映画やんねぇ」
と散々悪口をいわれ悔しい思いをして帰ってきた。
本宮映画劇場は、それからもずっと、「田村はログな映画やんねぇ」といわれ続け‥‥。
もともと本宮映画劇場が本宮小学校、本宮一中、その他の小中学校の映画教室を請け負っていた。
本宮方式映画教室のおかげで、本宮一中や本宮小学校が中央館にとられてしまい、他の小中学にも営業に行くと「本宮一中が中央館だから、うちの中央館に」と、片っ端から断られる始末。
今も唯一残る映画教室事業への表彰状。あら素敵！ と思ったが、じつは、映画教室をしたいなら学校に寄付金を‥‥、といわれ、お金を納めた領収証の代わりの代物だそうで‥‥。
そう、映画教室という仕事を請負うには非常に現実的な大人の事情があるということに、ようやく父は気づく。
‥‥（中略）‥‥
映画『こころの山脈』は本宮方式映画教室製作の会によって作られた。
家業の悪口をいわれたら、ふつうイヤですよね？ というわけで、うちの劇場を悪くいった人たちが作った映画！ いつのまにかわたしは勝手に反発し、この映画を観ることを避けてきた。いや「一生観ない映画」と決めていたりもした。
それから数年が過ぎ、奇しくも、アルバイトしている都内の名画座で『こころの山脈』が上映されることに。
これも因縁かな‥‥と、ついに観ることを決心した。大袈裟かもしれないが、わたしにとっては「決心」だった。
「今度『こころの山脈』、ついに観るよ」
と告げると、
「吉村公三郎だし、いい映画だよ。ちょっと長いけど」
とあっさりした返事が。そうか、父はちゃんと観ていたのだ。
わたしが思うほど、父は本宮方式映画教室のことを気にかけていないようす。それよりも映画を差別区別することなく、ニュートラルに観ていたのかも。
さて、『こころの山脈』を観たわたし。‥‥（中略）‥‥
父と同様「いい映画だな」というのが素直な感想。
でもちょっと肩がこったから、その晩もう一本ゆるい映画を観て帰った。
太陽族映画やピンク映画が作られ始めた当時はとてもショッキングであったろう‥‥。
芸術とは？ワイセツとは？ ワイセツの何が悪いのか？‥‥（中略）‥‥
ピンク映画も娯楽映画の一分野として存在する。もちろん観たくない人もいるだろう。そういう人たちへの配慮など、ある程度のマナーを保てば、スクリーンのなかだけでも、不良になれない自分が不良になることを夢見ることが悪いことだろうか、人のは裸に興味を持つことが悪いことだろうか。わたしはそうは思わない。
お母ちゃんたちが本宮方式映画教室に熱心に取り組んでいるとき、ほっかむりで顔を隠したお父ちゃんたちが本宮映画劇場にストリップやお色気映画を観にきていたそうだ。そんなお父ちゃんたちを微笑ましく思ってしまう。」（注：太字強調は引用者）
本宮方式映画教室のことは、ググれば出て来る。YouTubeには、「本宮方式映画教室と『こころの山脈』メイキングビデオ」なんてのもアップロードされている。ご興味の向きはどうぞ。
