2ペンスの希望

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「メニューで泣かせた話術」

徳川夢声さんの『話術』という本を読んでいる。といっても、夢声さんを知る人も少くなってきた。戦前・戦後、映画・ラジオ・テレビと多方面で活躍した人だ。近所の古本屋で見つけた。初版は1949年、買ったのは1974年第3版17刷 300円だった。平易でラジカル、短くて深い。語りおろし調なので、夢声さんの話芸を知らない人には分かりにくいところもありそうだが、知ってる人にはすこぶる面白い(筈だ。)語りに携わる人にはお薦めの一冊。どのハナシも面白いが、今日は一つだけ。

フランスのある名優が、ある有名な劇作家と「演技が大切か、脚本が大切か」という議論をしました。それが宴会の席上でしたから、他の列席者たちは、非常な興味を持って、この勝負如何相成るかと見ておりました。
「よろしい、ではこうしよう。」と名優が申しました。
「君は脚本が俳優の演技より重要だという、僕はその反対に、脚本なんかむしろどうでも構わないという。互いにいい合っていても際限が無いから、丁度、ここにメニューがある。これから僕がこの料理表を読んで、ここにいる諸君を全部泣かしてみせよう。」
と、いよいよその御料理献立表を、いとも悲しき台辞の口調で読み始めました。
なんと、それを聞いているうちに、満座の人々すっかり感動して、涙を流さざるなし、という有様。この論争は、見事その名優の勝利となったそうです。

実話か作り話かは知らない。ずっと昔に聴いた記憶もある。どちらでも構わない。
夢声さんだって、演技のほうが重要だ、といいたかったわけでもあるまい。もとより、脚本も演技も両方上等なほうがいいに決まっている。順位をつけるほうが間違っている。
役者が居なければ、只の紙、脚本がなければ、只のでく(木偶)。両方無ければ始まらない。が、さて、メニュー表以上の脚本が何本あるのか、メニューを読んで泣かせられる名優が何人いるか。