2ペンスの希望

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スタイル

つげ義春の作品には、白土三平手塚治虫の作品と同じ意味で思想はない。
 つげの作風は、一つの思想体系を絵ときにするという方法から遠くはなれて、むしろ、形をつみかさねてゆくうちにうまれる音楽にある。音楽に思想があるかというのは、これもこたえに苦しむところだが、音楽が思想に形式をあたえ、またある時には方向をあたえるということもあるという点で、音楽に思想性があるということは言えるだろうし、つげ義春の作品に思想があるとしたら、そのような仕方でだろう。そういう領域をきりひらくことで、つげ義春は、大衆の思想を表現する新しい道を見出した。
」(「海ーつげ義春ー」『漫画の戦後思想』文藝春秋 1973年5月 刊)
鶴見俊輔さんの言葉だ。筋金入りの漫画好きであることがよく分かる。
時流や風俗やファッションに寄りかからない分だけ、つげの漫画は普遍性を帯び、時空を越えていく可能性を孕む。下は2003年 フランス南西部アングレームにある版元 ego comme X から発行された「つげ義春無能の人』仏訳版」 表紙
「モードは去り、スタイルは残る」と語ったイヴ・サン=ローランを思い出す。