2ペンスの希望

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エンパシー 追論

英国ブライトンに暮らすブレイディみかこさんの新しい本を読んでいる。

『他者の靴を履く アナ―キック・エンパシーのすすめ』【2021年6月30日 文藝春秋 刊】

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彼女が 日本に広めた「エンパシー」という言葉は、ここ数年で、「シンパシー=同情・共感」しか知らなかった日本にもしっかり定着したようだ。けど、誤解や過剰評価も目立ってきた。

そこで、「言い出しっぺ」の責任として、「エンパシ―」にも色々あるよ、「危険性も毒性もある」《取扱要注意案件》なんだよ、と警鐘を鳴らしている本だ。煽り文句もハンパない。

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 そうそうたる名前が並ぶ。評価・感想は、ご自分で読んでみてどうぞ、というしかないが、正義感つよく勉強熱心で吸収咀嚼力もあり、何より「地べた」に立って離れず、自分の頭で考える姿勢は「買い」だ。正直、文章・レトリックは1.5流だが、「高校時代 こんなクラスメイトが居たら頼もしいだろうな」とは思った。

有名どころの話題より、ご近所・身内につながる「地べた」のエピソードの方が 断然 面白かった。中から、今日は二つ。

①息子の中学校のノンバイナリーの教員とのやりとり(ノンバイナリーについては、ググッて自習して下さい)

くだんの教員は、最初の授業で生徒たちに、自分のことを「HE」でも「SHE」でもなく、「THEY」と呼んでほしいと話したそうだ。中学校にはノンバイナリーの教員が二人いて、この教員は「自分は女性でも男性でもない」ということだが、もう一人のノンバイナリー教員は「自分は女性でもあり、男性でもある」という性自認。ノンバイナリーと一括りには到底出来ない地べたのリアル。当然のことだが、現実はラベリング、レッテル貼りをはるかに超えて拡がっていることに気付かされる。

②「慈善団体の広告ポスターで汚れた服を着て植えた子どものようにこちらを睨んでいた黒人モデルが、実は裕福な医師を父に持つ息子のクラスメートだった」というエピソード。よくある話だ、と思いながら、なんだかなぁ、と思ってしまった。