2ペンスの希望

映画言論活動中です

勘定合っての銭足らず

さらに一昨日(おとつい)の続き。

どんなに今日的な題材を捉えようが それに社会性があらうが その語り口が説明でハ 劇にハならない

いくら理論的に言葉の綾でせめても 所詮ハ勘定合っての銭足らずだ 自戒

一九六一年六月三日の小津日記。

f:id:kobe-yama:20220410172216j:plain

「一見辻褄が合って、破綻せず良く出来ている。理屈の上ではうまくいってるように見えるけれど、感興・情趣には乏しい、そんな映画を作っててはダメだよ、落第。」

この日記の一節を読むだけで、小津の姿勢はよく分かる。

一見穏やかで親しみやすいホームドラマ・小市民映画に見えるが、その奥には国家・時代・社会の洞察という錘鉛(すいえん)が仕組まれている。時代性と普遍性の絶妙なバランス。超絶技巧の業師がつくる劇薬映画。恐ろしいほどの奥行きの深さ。世界の映画人が舌を巻くのも当然だろう。

こんなのを読むと、世界のクロサワ(もちろん黒澤明のことだ)はせいぜい中学生レベル、可愛いもんだ。ナルセだってミゾグチだって大人でこそあれ伎倆はまだまだ、そう思えてくる。