2ペンスの希望

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生ものと練り物

大衆演劇はきらいじゃない。
とはいうもののここ十年以上はご無沙汰なので、ファンとはとても言えない。それでも昔から現風研の年鑑や鵜飼正樹さん、橋本正樹さんらの本は熱心に読んできた。そんな流れで、木丸みさきさんのコミックエッセイ本『私の舞台は舞台裏 大衆演劇裏方日誌』【2014年7月メディアファクトリー 刊】を手に取った。
木丸さんは大阪の大衆演劇場で働く女性スタッフだ。まだ若い。
ひとりしかいなくてもトーリョー。主な仕事は幕の開け閉めや舞台転換。重い大道具を運ぶのでがっつり肉体労働です。」と云う口上から始まる。第2話に「私がつとめている すずめ座は駅前商店街のビルの2階にある」「オープンして3年と少し 劇場になる前は小さな映画館だった」とあった。そこに描かれていた画に見覚えがあった。「1階はパチンコ屋さん」とあって確信した。
やっぱりそうだった。
彼女の仕事場は、大阪「高槻千鳥劇場」、元は「高槻セレクトシネマ」という映画館だった。(昔からのファンには「高槻松竹セントラル」という名前の方が馴染み深いかも。改装のたびに小割になって最後は確か座席数は150席くらいだった。
運営してきたのはジョイプラザという地元の興行会社)何を観たかはすっかり忘れたが、懐かしの映画館の一つ。観た映画を忘れることはよくある話だが、出掛けたことのある映画館のことは外観、アプローチから座席の配置まで結構憶えているものだ。
時代の変化で、2011年秋に映画興行から撤退し、大衆演劇の実演場に衣替えした。デジタル化、シネコンとの棲み分け・競争に加えて、パッケージメディア、ネット配信の普及浸透もあり、当時の映画館は世代替わりの渦の中、軒並み苦戦を強いられていた。その事例の一つ。
音楽業界もCD売上げが落ち、ライブ・コンサート人気が高いようだが、映画も同様だ。
わざわざ映画館に足を運んで安くない料金を払う意味・意義が薄くなっている。生もの・ライブの一回生・体感性が売り物になる。爆音上映とかコスプレ・パーティ・イベントも増えてきた。クラッカー・紙吹雪・踊りOKのマサラ上映もある。そこまでいかずとも、監督や出演者を呼んでの客寄せトークショーはどの劇場でも盛んだ。(もっともイベントが終わるとさっと潮が引き、あとは閑古鳥という話もよく聞く。)
確かに、生もの・ライブは強い。
けど、練り物・缶詰も、本物なら負けず劣らず強い、そう思いたい。
映画だけで勝負することを願うのはもはや時代遅れなのだろうか。
追記:
今思い出したのだが、閉館した高槻セレクトシネマから十三に移ったNさんが、不慮の交通事故で亡くなって丸5年が経つ。Nさん享年33 背中に「映画命」の刺青を背負った映画人の一人だった。