2ペンスの希望

映画言論活動中です

荒木正也プロデューサー壱 距離

また一人、真正映画人だったと思しき御仁を知った。荒木正也プロデューサー。

昭和29年松竹入社10年で退社、博報堂に途中入社、紆余曲折あって荒木事務所を立ち上げ、何本かの映画を手掛け、卒寿に『映画プロデューサー荒木正也 映画の香気 私のシネマパラダイス【2022.1013. Echelle-1 刊】を出版。完成を見届けた翌日、鬼籍に入った。と、まあそんなことはどうでもよろしい。本の表紙に「映画プロデューサー」と黒文字でクッキリ謳いながら、薄っすらグレーで「Filmmaker Araki Seiya」とある なんてこともどうでもよいトリビアだけど‥。

やっつけ仕事が少なくない「映画関連本」にあって、これだけはどうしても書き残して置かずには死に切れないという切迫を感じた。

くどくど書くより、古賀太さんのブログ頁を紹介した方がはやそうだ。

私はあまり映画プロデューサーの本は読んでいない。自分の側だけから見た自慢話が多いから。しかし、この本は抜群に面白かった。1人の監督との長い付き合いや1本の映画ができるまでを克明に描いていて、読んでいてドキドキしたり涙が出たりした。

若者が映画プロデューサーとはどんな仕事かを知るのに、うってつけの本だろう。決して古くない。

裏話、内部事情のあれこれが綴られて飽きない。もとより、当事者のひとりから見た「事実・記述」である限り、「真実」は分からない。「藪の中」あるいはそもそも「真実」なんてなくって無数の「事実」が転がっているだけなのかも‥。

とはいえ、フィルムメーカーにおける企画者・プロデューサーの仕事・守備範囲・責任領域がどんなものなのか、著名な映画監督がどんな側面・横顔を持っていたのか‥‥、などなどがリアルに語られる。 以下 幾つか挙げてみる。

その壱:距離

私は、プロデューサーを志してから常に仕事をする相手とは距離をおくようにしてきました。親しくなりすぎて馴れ合うことを嫌ったのです。映画の仕事は人間関係が大切です。だからこそ近づきすぎるとお互いに甘えが出てきます。監督にも脚本家にも俳優にも距離をおくことで客観的な判断が下せます。情が優先しないで理が優先しないと、長くの期間、よい関係を保てません。映画人は人好きの集まりです。ともしれば〝お前と俺の仲じゃないか〟が出てきます。ましてや繊細な木下さん(引用者:註 木下惠介監督)のような方に近づきすぎると、よい時はよくても一旦誤解が生じたりしたら逆鱗に触れます。絶対に程よい距離をおいていようと思いました。