2ペンスの希望

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字幕二題①

いまだに映画は字幕派だ。若い頃からずっと字幕にお世話になってきた。
アメリカ・イギリス映画なら、清水俊二さん・高瀬鎮夫さん、ヨーロッパ映画秘田余四郎さん。清水俊二さんの本『映画字幕(スーパー)五十年』【昭和六十二年三月ハヤカワ文庫版】にはこうあった。「昭和六年の「ラスト・パレイド」から昭和五十四年の「オーメンⅡ」まで、四十四年間(太平洋戦争の四年間を除く)の総計が千三百十七本だった。」「昭和三十年代の十年間に私が字幕を作った映画が何本あるかを年度別にしらべてみたら‥‥、平均すれば、月に三本というところである。高瀬はおそらく五本から六本手がけていただろう。これのヨーロッパ映画秘田余四郎(東和)を加えて、三人で月に十二、三本を消化していたことになる。このころの外国映画の輸入本数は年間二百本内外であったから、私たち三人でおよそ百五十本、あとの五十本を川名完次(MGM)青田勝(ユニバーサル)その他四、五人が担当していたわけだ。
名字幕と称えられるものも数多くある。中でも知られるのは、『カサブランカ』(1942年)「君の瞳に乾杯」(訳者は高瀬鎮夫)だろう。
原文は、Here's looking at you, kid.
直訳すれば「君を見つめることに乾杯、カワイコちゃん」あたりか。これに高瀬鎮夫さんは瞳を持ってきた。E.バーグマンだからこそ活き、名訳だと後世に残った。しかし、これが誤訳だと指摘する向きもある。リック(ボギー)は、こんなキザな台詞を言わないからこそ魅力的(クール)なのだ。しかもこの言葉、映画の中で三度もくり返されるキイワード、「お前から目を離さないよ」といったニュアンスを強く匂わせた方が良い、というのだ。
確かに。一理ある。しかし、ここは「瞳」という訳語を与えた高瀬さんに軍配を挙げたい。翻訳の世界には、「忠実なる醜女(しこめ)」「不実なる美女」という言葉があるようだが、「不実なる美女」に一本。原文に忠実ではないかもしれないが、日本語としてこなれていてわかりやすく、原意(惚れぬいた女への執心)もそこはかとなく伝わる。練り物としての字幕スーパー。以前NHKで放映されたとき、字幕が「君の命に乾杯」となっていて抗議の電話が殺到したという話もうなずける。ワーナー発売のDVD(訳:岡枝慎二)でも、「君の瞳に乾杯」となっている。